3月1日日曜日、2026年も早2カ月が経ったのね。認知能力の衰えに拠って時間感覚が悪くなった。能力の低下はなにも認知力に限ったことではなく、ごく一般的な作業に関してものろまになってきた。老後期というのは屈辱的だな。
昨夕、階下のリビングに降り、テレビニュースでイスラエルとアメリカのイラン侵攻を知ることとなった。珍しく昼からずっと校正紙と向き合っていて、GoogleやYahoo!のニュースなども見ていなかったためだ。今日は正午のNHKニュースで、ハメネイ師が殺害されたことを知った。
昨日は、西暦2000年頃の金曜深夜に放送されていた「カウントダウンTV」で聞いた曲の一節を思い出した。その頃のカウントダウンTVは深夜25時頃の時間帯で、自分が通常寝る時間とほぼ同時刻。ヒット曲をランキング順で流す音楽系情報番組ゆえ、テレビ画面から5秒も目を離すと曲名もミュージシャンもわからない。そのわからないラップ曲の歌詞で<世界が滅んでもキミと一緒ならいい>というようなくだりが妙に心に引っかかり、それ以降、いろいろと調べてみたのだが、とうとう突き止められなかった。ひょっとしたら自分の幻聴だったのかもしれない。CDTVを見てて眠ってしまったこともあったし。
自分さえ良ければ社会も世界も知ったこっちゃない、というような指向を嫌っているのにもかかわらず、トランプが象徴する非人道的ムーブメントを横目にすると、<世界が滅んだら滅んだでいい>という気になることが増えた。ダークなほうの自分だ。ユング言うところのシャドウ、社会に対する嫌悪。この黒い自分が増幅すると、作用・反作用の法則で、同じ質量の嫌悪感と絶望感と疎外感が自分に降りかかってくる。
昨夜は寝る前に、何曲か癒される曲を聞きながら、タブレット端末で毒にも薬にもならない「サンデー毎日」を読んだりした。寝る直前、普段愛読しているダメ男ブログのTwitterを読んで、悲しいだろうけど頑張れよ、と応援してから、睡眠薬を服んだ。彼は数カ月前から腸の一部と肛門を手術で除去し、人工肛門(ストーマ)となり、更に再手術を昨日受けた。ど貧乏なくせにギャンブル狂で、昨夜のTwitterでは手術が終わって麻酔から醒めた直後、「馬券が買えるやん」という意味不明のつぶやきをアップしていた。そうかいそうかい、生きてりゃ買えるね、と私は応えた。ちなみに、こやつは逗子開成高校卒のWebデザイナーらしい。中学高校と進学校に通い、大学は馴染めず中退(?)したようで、高卒底辺労働者と名乗っている。
光のほうに向かってひとり歩いていく
やがてかがやく空のうえにのぼって
おれは地面に横たわっている
栄光の輝きのなかにあって
おれは酒に酔って冷たくなっている
だるい人生を生きて
ぬるい夢をみて
行き着くところに行き着く
光のほうに向かって
ずったらずったら歩いていく
(原文ママ)
令和の中原中也になれそうなほどに上手い詩だ。ウツ病だと自己紹介していたが、あなたがウツ病なら世間の2割はウツ病患者だと思うよ。あなたは光がある方向が見えているんだもん。
今朝、朝刊を開いてコーヒーを飲んでいると、トランプ政権の旗振りルビオ長官が「明日からわが省の文書はタイムズニューローマン体に統一する」と各関係機関に命じた、というコラムが載っていた。ロゴならまだしも、書体に制限をかけるのか。アルファベットなんてたった26文字の記号でしかないのだから、ユニバーサルデザイン・フォントでいいんじゃね?
日本よりアメリカのほうが全体主義で一歩先を進んでいる。日本は虎の威を借る狐だから、アメリカの幇間よろしく、光のない戦前回帰へまっしぐら、となるのだろう。
こういう哀れな時流を直截的に触れると、<世界が滅んでも私はいっこうにかまいません。争う気などまったくないので、お好きなようにどうぞどうぞ>という気分になる。
うつむき加減でお堂の前へ行き、朔日開催の例大祭を外から眺め、今週も今月もお守りくださいと祈るだけだ。
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