mixiユーザー(id:5462733)

2025年11月30日09:57

20 view

初心者のための油彩画入門、近代西洋絵画の断片

初心者のための油彩画入門 あまり知られていない近代西洋絵画の歴史の断片
 良く言われる印象派が弾圧されていたかのような言説は、間違いで、確かに初期の頃は、印象派は、理解されなかったが、弾圧されていた訳ではない。印象派の画家もサロンに入選していたし、セザンヌがサロンに落選続きだったのは、単に力量不足なだけだった。サロンが拒否したというよりは、印象派の画家達、特に、ドガ一派が、サロンを否定していた、というのが本当のところ。ドガがサロン出品に否定的で、サロン入選に固執するセザンヌと対立し、セザンヌの友人だったモネやルノアールがセザンヌを擁護し、ドガ一派と対立、それが、印象派崩壊の原因の1つとも言われている。内部分裂だ。ちなみに、マネは、印象派には、参加していない。マネとモネは、個人的に友人で、年上のマネは、モネを何かと支援していた。モネとセザンヌも友人で、故郷に帰ったセザンヌを、モネは気にかけていて、知り合いの画商に、セザンヌを推薦していた。また、モネとルノアールが、大の親友だったことも知らない人が多いかと思う。若い頃は、ルノアールは、良くモネと一緒に写生に出かけていた。サージェントは、全盛期のモネに会いに行っている。サージェントは、後に風景画を水彩で描くようになるが、元々風景画に興味があったようだ。印象派を学ぶべく、モネから助言を受けている。その時、モネは、サージェントがアカデミックな絵画に染まり過ぎていることを指摘し、印象派は、難しいと、感じたよう。実際、サージェントは、印象派風の風景画も描いてはいるが、思うような作品には、ならなかったようだった。だが、このサージェントとモネの出会いは、思わぬ化学反応を起こすことになる。サージェントの肖像画が激変する切っ掛けとなったのだ。サージェントは、パリを離れてイギリスに移り、イギリスで、真価を発揮し始める。サージェントの一連の肖像画だ。大人気となり、サージェントは、肖像画家の第一人者となった。パリから離れたことで、美術史的に、弾かれることが多いサージェントだが、実は、近代具象画、そして、肖像画において非常に重要な位置を担っている。サージェントを研究している現代の画家は多く、スーパーリアリズム絵画とは、別の方向性の油彩画の人物画として、捉えられている。サージェントは、新たなアラプリマの境地を開拓した画家として高く評価されている。サージェントは、肖像画家だが、現代具象絵画として、別のジャンルの人物画も注目されるようになった。それがトローニーだ。トローニーは、あまり聞いたことがないかもしれないが、フェルメールの真珠の耳飾りの少女などが、このトローニーに当ると言われる。当時のオランダで人気のジャンルだったそう。現代では、バストアップ、また、顔のアップを描いた人物画で、個人の肖像画ではない作品を指すよう。モデルは使うが、モデルを描くというよりは、それが象徴する別のテーマを描くという絵画になる。トローニーと意識しないで、描いている人も多いかと思うが、漫画やアニメなどのキャラ絵でも、トローニーに近い作品が多く、油彩画で描くトローニーも、現代の具象画の1つのジャンルになった。肖像画の需要があまり多くない現代では、トローニー系の人物画が、新たなジャンルとして注目されるようになっている。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年11月>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30