10月17日木曜日。
午後イチで甲府にある新聞社の出版部で打ち合わせが入っている。
朝9時半、家を出る前、ラズリを何度も撫でた。顔、腕(前脚)、胸。
ひょっとして、今日、ラズリは、亡くなる、かもしれないな。
そんな予感があった。
死んじゃっても電話はしないで欲しい、と妻に言い残して9時半に家を出る。普段、自分のテリトリーから外に出る際、オシャレすることを心がけるのだが、今日はどうにもそういう気分じゃなかった。
車中に読むつもりの文庫は『うつ病九段〜プロ棋士が将棋を失くした一年間』(先崎学著)を選んだ。自身、高校時代からうつ病で苦しんでいるのだが、それは本人しかわかり得ないことで、私はまるで身分を隠すかのように明るく振る舞う道化師を演じてきた。医学的見地からすれば、うつ病患者とは言い難いかもしれない。自分が病いを抱えた人間であるかどうかなんて、そもそもどうでもいいことだ。誰だって自分を持て余していたり、嫌いだったり、疑っていたりで、躁病的な軽さやうつ病的つらさを心身の内に抱えながら生きているから。
甲府駅前で老舗の立ち食い的な蕎麦屋で美味しい山賊揚げ(鶏から)蕎麦を食べてから、新聞社に入る。ラズリが気になったが、目の前の仕事が第一だ。
4時過ぎ、打ち合わせが終わって社を出た。北口公園で家電に電話をかけた。
ラズリは亡くなっていた。
「クラムボンはわらつたよ」
「クラムボンは死んだよ」
「クラムボンは殺されたよ」
「クラムボンは死んでしまつたよ」
宮沢賢治の不条理な童話「やまなし」をつい思い出してしまう。
ラズリは死んだ。
ラズリは1カ月前まで笑っていた。
ラズリは私に殺されたんだよ。
ラズリがかわいそうだ。
ラズリ、ごめんね。
すぐに駅の自動券売機で指定席特急券を買い、3分後に到着した特急「かいじ」に乗って、午後7時半、帰宅。
ラズリは玄関で眠っている。
ラズリは穏やかな顔をしている。
でもラズリはわらわない。
先崎さんのうつ病告白エッセイは往きで半分まで読んだが、帰りは読めなかった。半分時点では先行きへの不安と現状のつらさまでで、確かな希望はなかった。明日、気を取り直して、後半を読もう。
ラズリ、ありがとう。
キミがすぐ近くにいるおかげで、ぼくは生きる意味など問わないでいられた。
この先、ちょっとつらくなるかもしれないな。
その時はその時で、また考えてみる。心配したってどうにもならないもんね、
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