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2024年08月19日17:08

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戦争関連のドキュメントを見てると絶望する

 8月19日月曜日。

 パリ五輪が終わるのと同時に、NHKでは15年戦争のドキュメント番組が毎日のように放映されている。
 もっとも印象に残ったのは10日の「隔離と戦禍〜沖縄ハンセン病患者たちの受難」で、「愛楽園」の生活者に長い期間密着して聞き取りしていたのだが、憲法13条(すべての国民は尊重され、幸福追求の権利がある)を心の柱に立てていらっしゃった。放映時には亡くなられていて、年齢が年齢だったのでそうだろうな、と。この例に限らないのだが、戦争体験者は80歳半ば以上なので、あと5年も経てば証言者はこの世から消える。
 16日は「戦中戦後の激戦地と慰安施設を撮影したアメリカ人カメラマン」、17日は「一億総特攻」、昨日18日は「サイパン戦 発掘・米軍録音記録」。
「サイパン戦」はアメリカのラジオ班が兵士の声を聞き、部隊の撮影班によるフィルムとともに構成されていた。
 日本人のくせにと言われそうだが、アメリカから見る日本軍と日本兵を眺めていると、私は日本軍と兵士に対して激しい軽蔑と敵意を抱いた。天皇と国体維持のために命を賭す精神が、米軍言うところの「狂信的」=キチガイでしかなく、民間人の年端もいかぬ女の子を囮にして背後から銃剣でアメリカ兵舎を襲うという卑劣きわまる作戦を見て、「これが戦争だ、仕方ない」という人がこの日本にもしいたらお目にかかりたい。私は生涯ウヨクだった父から「卑怯なことだけはすまい!」と厳しく育てられた。アメリカは当初、国連の通達で民間人を殺害しない、という方針を守っていたら、日本軍はその裏をかいたのだ。「サイパン戦」の正式タイトルは「“最後の1人を殺すまで”〜サイパン戦 発掘・米軍録音記録〜」。日本軍の鉄の規律「兵士が最後の1人になろうと、捕虜にならず闘おう」、という意と、米側の怒り「日本はキチガイで野蛮の国だ。最後の1人まで殺さないと安心できぬ」というダブル・ミーニングだと思われる。後者のアメリカ軍意識が、広島長崎の原爆投下に繋がった。本土での徹底抗戦を主張する陸軍の戦意を粉砕する手段が核兵器だった。

 アラン・ドロンが死んだ。ネットで知ったとき、懐かしい気持ちが湧いた。
『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは死んでしまつたよ。』
 ドロンの死は格段に哀しい話、というワケではないので、宮沢賢治の童話「やまなし」のとぼけた会話が頭に去来してしまって、昔の自分に戻った。
 高校3年の秋口だった。(この頃に、宮沢賢治の主要な詩と作品はほぼ読み終わった)
 ドロンを起用した「ダーバン」のCMを見て、冬が始まる頃、三越の高松店でダーバンのコートを買った。「太陽がいっぱい」の彼はかっこよく、田舎の高校生が知ったばかりのブランド物コートをゲットしただけ。多めの仕送りだったので、毎月1万円くらいが貯まっていた。
 ともかく、そんな軽薄は高校生は50年が経っても相変わらず軽薄さはそのままに、頭と身体が劣化しただけで、中味は大して変わっていない。
 ここ数日、自民党の総裁選が話題にのぼっているが、自分のなかでは小林という候補が都知事選の石丸とオーバー・ラップしてしまい、うんざりしている。
 が、うんざりと言えば、立憲の代表選びで、現職の泉に、枝野とか野田が名乗りをあげていて、自分のなかでは立憲の支持をやめたくなってきている。泉は泉でも、せめて元明石市長だった泉みたいな、胡散臭いものの真っ当な主張の変人だったらどんなに野党は面白いか、という感想だ。立憲然り、社民然りで、本気で日本を立て直したいという国民へのアピール力はレベル・ゼロである。私はダサいくせにプライドが一流のジジババがそもそも嫌いなので(中高年の大半がそうだが)、鎌倉駅前での街頭演説で「こいつ、つかむのが上手いよなぁ」と感心したコイズミコータロウのほうが、野田の泥ドジョウより好きなくらい。千日も政権維持が出来たキシダだって、高邁な政治信条や近未来のかっこたる青写真など、欠片もなかった。かつての秀才らしく、喫緊の課題を解決し、人間関係を巧みに調整し、自己保全を図ることだけに長けているだけだったので、頭のレベルが数段劣る「空っぽ」が総理になっても実際のところは似たり寄ったりの未来ではないか。
 ……と書きながら、サヨクな私がこんなホンネを書いちゃダメだと怖くなってきたので、ここで日記書きはやめたやめた。
 
 

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