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2024年07月06日15:20

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早々に日記を書いて、今日は読書時間を増やそう

 7月5日土曜日。
 朝イチ、iMacを起ちあげてブラウザを開くと、GoogleのHPとその下にいくつかのニュース。なぜだか「現代ビジネス」の赤松利一連載エッセイがあったので、読んでみた。香川県出身の極貧大藪賞作家。というか、デビュー前は文字どおりのホームレスで、現在も漫画喫茶なんぞに行って原稿書きをしているという異色作家だ。ここ数年、フーゾクにはまっていたのだが、”失恋”してフーゾク通いをやめてしまったという。
 彼と私は年齢が同じ(もしくは1歳違い)。香川県は高校が4つしかない極狭県ゆえ、同級生の可能性もあるのだけど、たぶん違うと思う。
 エッセイを読んでいると「中学一年生の折に、当時文庫で刊行されていた太宰治をすべて読んだ。中学二年生では川端康成を、三年生では谷崎潤一郎を、文庫本に限ってではあるが、すべて読んだ」(原文ママ)と書かれていた。これが事実だとすると、かなりの文学少年であるが、年輩者の回想というのは九分九厘、誇張があるので、話半分で受け取っておくのがいい。小池百合子のカイロ大首席卒業という経歴が典型例だが、世の中に首席が多すぎる(笑)。私の内申書には全学4番と記入されている。これくらいの席次だとむしろ首席だと敢えて豪語して、(ホンマかいな?)などと思われつつ笑いをとったほうがいいのかもしれない。
 私も並みの文学青年であったが、太宰の文庫は高校3年間で5冊くらい。川端康成と谷崎潤一郎はそれぞれ新潮文庫1冊程度だったかな。中学時代はつきあいが劣等生グループの奴ばっかだったので、読書らしい読書なんてしていたかなあ。
 ともかく今朝、赤松の長ったらしい連載エッセイ2本を読んだのは、昨夜の12時、『隅田川心中』を30分ばかり読んでいたからだ。世の中ってこういう偶然だらけだから面白い。矛盾したことを書いている。偶然だらけなら、偶然という言葉の定義を損ねたことを書いている、ということに他ならない。そう言えば昨日、79歳の畏友が電話の会話のなかで図らずも「世の中に厳密なる偶然というのはない」と言っていたなあ。
 連載エッセイでは自分が過去現在ともいかに貧しく卑しい生活を送ってきたかということをこれでもかと綴っていて、今回の場合は飲み屋でトイレに行こうとしたら既に先約がいて……とうとう漏らしてしまったという壮絶に下品なエピソードを語っていた。ここ何年か前から”小”が近くなったそうだ。
 午前11時15分前、家を出て病院へ。
 頚椎症性神経根症の症状はかなり痛みが減ってきた。しかし、朝方になると激痛で目が覚める。
 整形外科のかかりつけ医に、「ついに出口が見えてきました。来週、もう通院しないかもしれません!」などと笑いをとってから、局部のブロック注射&点滴による神経の痛み緩和をお願いした。いま服用している強力鎮痛剤2薬については、飮んでしばらくすると胃がきりきりすることが増えてきたので要らないと断った。
 さあ、この先本当に痛みが消えて完治するだろうか?
 
 昨日の日記コメントに森高千里のオススメ曲は? という質問があって、ソッコーでメモ用紙にあれとあれとあれと……と曲名を書き始めたら3分弱で8曲が思い浮かんだ。ピンクフロイドのオススメ曲は? と問われたら、Googleで検索しながらじゃないと容易に挙げることはできない。ということは、プログレ好きをこれまで自称してきたワケだが、これはウソか見栄の範疇で、今後は森高千里好きと答えなくちゃいけないのか。
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