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2024年05月07日17:00

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黄金週間をのんべんだらりと過ごす罪と快楽

 ゴールデンウィークは……時間を無駄遣いして終わってしまった感と、生活の”品質”と”品格”を重視しているうちに終わってしまった感。
 体力がないのと、ひとつの運動に深く関わる気が乏しいため、9日間の長期間にわたって開催している市民運動による展覧会にあまり顏を出さなかった。しかし、このような信条というのはどっちつかずのいい加減さに繋がっていることを自覚している。
 先週の金曜日、県跨ぎの友人がわざわざ横浜の展覧会場に来てくれた。彼はことのほか熱心に展示内容を見て読んで共感されたようなのだが、その後カフェで感想を聞いているとその優れた理解力を知って嬉しくなった。と言ってぼくが彼にしてあげられることは、珈琲を奢ることくらいだが。
 生活の質を維持することで言えば、トウガラシとトマトの苗づくりを今年も丁寧にやったり、家の内と外にある植物の鉢の土替えをしたりと、毎日のように土をいじっていた。庭を馬鹿丁寧に掃除し、その勢いで寺の境内に毎日溜まる落ち葉を箒で集めては山に捨てに行った。絨毯を買ってついでに大掃除をし、塵(ちり)を払うことで悪い”気”を家から追い出して自身の身を清めたような気になった。
 夜ごと、風呂の浴槽の中で何十人もの人が読んでぼろぼろになった本を20ページずつ読んでいた。それはレイチェル・カーソン遺稿集と副題が付けられた『失われた森』で、図書館のリサイクル本コーナーに並べられていた本だ。翻訳本は2000年1月刊行だから24年落ちで、毎年10人が借りたとしたら240人がこの本を手に取った計算だ。そら、ハードカバーの四隅は傷み、花布(しおり)も撚れてしまうだろうよ。書店で上から3番目のピカピカ本を買って読むのも好きだが、大勢の人が触りまくった古い本をリレー走者のごとく受け取めるのも好きだ。古本で伝染病が蔓延したとか下痢をした、なんて感染例を聞いたことがないし、
 戦前に野生生物の減少や海洋汚染に眼を向け、深く研究にいそしんだ女性がいた、というたったこれだけのことで、よくもまあ体当たりでアメリカに戦争を仕掛けたもんだ、と日本の知性の薄っぺらさや文化程度の低さを嗤いたくなる。
 大学に入って1年くらいが経ったころ、会話のなかでレイチェル・カーソンの『沈黙の春』を複数の学生が読んでいることを知り、慌てて本屋で買った。読んだか読んでないかは忘れたが、環境問題がまだ公害問題の域でしかなかった70年代に普遍的な地球環境問題に触れることができたのは僥倖だった。
 20歳の僕に言いたい。
「キミは、48年後にカーソンの遺稿集を読んでいる。安心したまえ」
 ゴールデンウィーク中、小説1冊や新書2冊を読んだ。
 あと、久しぶりに雑誌をAmazonのマーケットプレイス(中古本)で3冊、買ってみた。一昨日も昨日も、ネットを見るように読んでいた。
 会社を辞めてしばらく経った頃、「NAVICARS」というクルマ雑誌が誕生した。かつて一世を風靡したクルマ雑誌「Navi」の後継で、隔月刊というのは買うのにちょうどいいペースだったものだから、3年近く近所の書店で購入を続けた。が、部数が減って田舎の書店に回らなくなったのか、私が飽きてしまったのか、読むのをやめてしまった。
 NAVI CARSはタイトルロゴの下に小さく「もういちど、クルマと暮らそう」という標題が付いている。プレ創刊号からこのポリシーは変わっていない。
 もういちど……暮らそう。
 クルマに限ったことではない。
 毎日、私は自己の再生を願っている。
 NAVI CARSは「物語性」と「精神性」を誌面に反映させようという意図が見え隠れする稀少な雑誌だ。クルマに興味や知識がなくても読んで面白い記事やコラムがいくつかあるくらいに、普遍性だってある。
 が……、いつの間にやら廃刊。幻になってしまった。
 雑誌もタブレットで読む時代になった。それはそれでいいと思う。
 紙に落として千円を超えるに耐えうる雑誌は、この先もどんどんと減っていくだろう。もう老若男女の美意識が地に落ちているような時代だから、仕方がないと思う。が、私はそこから自分自身を守りたい。
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