今日は手短に。
午前中は詩人の草稿を斜め読みしては掲載する順を決め、ああでもないこうでもないと惑いながら2時間ほど、格闘していた。もちろん草稿はすべてA4用紙にプリントアウトしている。まるで高校で習った順列組合わせのような作業だ。100ファイル200ファイルをパソコンのディスプレイ上で構成していく力は、私にはない。
昼食前、九条の会の会員から複数、私が提示したパンフレットの修正案についての感想や更なる手直し案が届き、一つひとつ冷静な目で見つめ直して、そのリライトを採用したり断ったりの返信を書いて送り、直すべき箇所については即刻書き改めた。こういうのを後でまとめてやろうとしたら、一つ二つミスってしまうから。
ブロッコリーとベーコンのペペロンチーノの昼食をとったあと、図書館へ。一昨日昨日と相次いで予約本が確保できたというメールがあったので、やむなく出向いた。
今日は雑誌閲覧コーナーで「群像」11月号を手に取った。
まずは津村記久子の短編「買い増しの顛末」を熟読。祖父が遺した168本のボールペンを母から譲り受けた女性の話で、津村特有の私小説仕立て。この人の小説は純文学要素が少しちりばめられたライトノベルと言える。
溫叉柔さんの「不自由さのなかで書くこと〜李良枝没後30年に寄せて」では考えさせられた。李良枝さんは生前、というか彼女の短い作家生活と同時代的に読書体験出来た者の一人として、生涯デラシネで苦しみ続けたアイデンティティに、(日本人でありながら)私も共感していた。陽の射す図書館の片隅で、いい追悼の文章を読むことが出来た僥倖がありがたかった。これだから図書館通いはやめられない。
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