クラシックアートとモダンアート
絵画の世界、特に、西洋絵画では、19世紀のフランス革命後、大きく、その流れを変えていく。フランスでは、王族が犯罪者として裁かれ処刑された。王族御用達の、肖像画家達は、職と地位を失い、新たなステージを模索する。クラシックアートの中での覇権争いが表面化。その典型が、新古典派とロマン派の対立だろう。ロマン派は、ヨーロッパにおいて、音楽にしても、当時、本流だったのだが、フランスでは、新古典派が実権を握っている状況だった。新古典派の画家達は、ロマン派の絵画を罵っていた。ロマン派は、ドラマチックな場面を迫力ある構図で描く、西洋絵画の王道を行く絵画だった。だが、それを、新古典派は汚い絵画と非難。今から考えると随分と不思議な価値観だが、新古典派とは、そういうグループだった。新古典派は、ルネッサンス期のラファエロを崇拝し、ラファエロの作品を至高の芸術として崇めていた。ダビンチでもなければ、ミケランジェロでもなく、ラファエロを選択するところに新古典派の特徴がある。特に、ラファエロの若くて綺麗で少女のようなマリア像を高く評価していた。少女趣味なところがあるのが、新古典派の不思議な特徴の一つだ。まさに、異世界おじさんが、アクションゲームと恋愛ゲームの、しのぎ合いを、哀愁を込めて吐露していたが、ロマン派と新古典派の対立も、それに似ている。ドラクロアの、民衆を導く自由の女神が、ロマン派の代表的な作品の一つで、フランスの国宝となっている。一方、新古典派は、アングルの泉だろうか、ヌードの少女の立像だ。まさにアクションゲームと恋愛ゲームの違いの様だ。クラシックアートの世界においても、その方向性で、さまざまな批判合戦が展開されていたのだ。アングルが特に嫌っていたのが、庶民を描いた作品だった。粗末な衣服を着て、汗水垂らして働いている庶民の姿を描いた作品だ。フランス革命によって、新たな価値観が誕生し、庶民を絵画のテーマとして取り上げた傑作が生まれていく。ミレーの落穂拾いや晩鐘が有名だ。クールベも庶民の生活を良く描いていた。ミレーの作品は、フランス政府は、高く評価していたが、新古典派にとっては、苦々しい思いだったようだ。当時のフランスでの価値観は、新古典派寄りの価値観と、ロマン派寄り、もしくは、新古典派以外の新たな勢力でかなり違ったものとなる。日本で人気の印象派は、新しい流れの一つになるだろう。サロンへの反発から言っても、サロンを牛耳っていた新古典派への反発であり、その主張を明確にしていたのがドガだった。押し並べて印象派の画家達は、反サロン派であり、新古典派の絵画に対しては、反発している者が多かった。クールベは、具象絵画で、古典絵画に近いように思われるが、その方向性は、モダンアートに近く、それが、印象派との相性の良さに繋がっている。クールベが、モネの結婚式に主席していたが、クールベも、先鋭的な反新古典派の画家だったのだ。新古典派は、フランス画壇の中で、権力を持ってはいたが、敵も多かった。若き画家達の多くは、新古典派に反発していた訳だ。新古典派は、ついには、政府と対立するようになり、サロンから、政府が抜け、公的な公募展から民間の公募展へと移行する。民営化と言えば聞こえはいいが、偏狭な価値観に固執する新古典派を政府が見限ったというのが実際のようだ。結果、新古典派は、オールドスタイルとなって行く。クラシックアートとモダンアートの間の中で、多くの古典スタイルの絵画が、アートシーンからスポイルされていく。新古典派もその一つとなった。そして、モダンアートが芽吹き始め、アートは、混沌とした時代へと突入する。
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