朝、8時少し前に目が覚めた。寝たのが午前1時だったので7時間睡眠。空調、ならびにベッドの寝心地はよかった。
朝食は一般的なビジネスホテルと同様のごくありきたりなバイキング形式で、スクランブルエッグ、鯖の干物(とても小さい)、ウインナーソーセージ、納豆などをお皿に乗せていった。食べる前に牛乳一口、珈琲を一杯飲み干す。食後にも珈琲をもう一杯飲む。私の場合、珈琲サービスがあるとないとでは大違いだ。20世紀の旅館では珈琲が有料というのがよくあって、閉口した。緑茶を好まないので、部屋に戻って紅茶を自分で淹れるか、ロビーラウンジで用意されている珈琲を注文するしかなかった。
連泊といってもさしたる観光目的があるわけではない。天気は朝8時の時点で快晴を予感させる空が広がっていた。絶好の散歩日和であることは間違いない。朝食後、大浴場に直行し、10時近くまで温泉を楽しんだ。1時間の間に見た入浴客は2人か3人だから、クワハウスのような大浴場をほぼ一人で独占したような状態だった。
とりあえずホテルを出て、散歩に出かけた。旅先用のミニリュックにはシステム手帳とiPhoneとデジタル一眼、温泉街マップ2枚。観光協会のある「塩原物がたり館」に行くと、月曜は休館日だった。以前、このミニ文学館を訪ねたことがある。塩原に長く滞在して執筆していた尾崎紅葉とか、漱石や虚子などの人となりや文芸作品をコンパクトに展示していた。数度立ち寄った程度の作家でもそれが文豪となれば、定番の顔写真や作品紹介がなされる。
もうかなり昔のことで内容もタイトルも忘れてしまったが、塩原温泉の旅館だかバーで働く女が愛に狂って殺人を犯してしまうという、三流エロ小説もどきの長編小説を読んだことがある。昭和の塩原温泉がどういう歓楽地温泉郷であったかがリアルに描かれていた。こういう作品こそ、地元の文学館にたとえ隅っこでもいいから紹介してもらいたいもんだ。あっち行ってもこっち行っても、漱石だ、高村光太郎・智恵子夫妻だ、与謝野鉄幹・晶子夫妻だというのは面白くもなんともない。30年くらい前に読んだ本なのだが、(帰宅してから)ネットでちょっと検索をかけても出て来なかった。こういうマイナーな本こそ、消えないようにして欲しい。
ようやく温泉街マップをマジで見てみた。妙雲寺はここから歩いて5分?10分? とにかく歩いてみよう。
あっと言う間に着いた。思っていたより立派で、由緒のありそうな寺だった。全国各地の温泉地には「○○温泉神社」といういかにも胡散臭そうな神社があって、マップで見る限りその一つかと想っただけに、頭を下げたい気分。境内に入ったすぐの左側でご年輩らしき女性お二人が屈伸運動をしているみたいだ。本堂に登壇して深々と頭を下げ、お賽銭を入れて手を合わせた。そのまま裏に回り込むと、小さい滝があった。常楽滝と言うらしい。気品のある小滝で、しばし見入った。
お寺を出ようとしたところで先ほどのお二人と目が合い、挨拶をされたので、口から出任せで「伸びやかな体操をちらっと横目にして、すがすがしく感じました」などと言うと、「いえ、体操ではなくヨガです。あなたも長い時間、お祈りをされてましたね。信心深くていいですね」と(たぶん口から出任せで)答えられた。
よせばいいのに、「ヨガですか。私も一つ、習いたいものです」などと私の口は勝手に喋ってしまい、その場で10分ほど、立ちポーズのヨガを教えてもらうことに。一人のかたは師範で、もう一人のかたは友だち兼生徒さんとのこと。お名前はお聞きしなかったが、ずいぶんと偉いかたかもしれない。というのも、身体の力が入っている箇所を的確に手を当てて指摘してくれるのである。婆さんだからと言って相手を見くびってはいけない、という典型例だろう。
以前、塩原温泉の中心から2キロか3キロ奥に入ったところにある塩の湯へ行ったことがある。ヨガで身体が軽くなった気がしたので、歩く距離を伸ばそうと思ったのである。
持参した地図に「とて焼きマップ」がある。とて燒きって何? 牛乳と卵と小麦粉で作ったどら焼きの皮みたいなものに、生クリームとか季節の果物とか餡とかソフトクリームをいれるスイーツらしい。マップには12店舗が登録されていた。
偶然、かなりの老舗かと思える構えの和菓子屋の前を通りかかった。「榮太郎」という看板がある。東京の榮太郎飴と同様、榮は旧字だった。
入ってみたら、羊羹とか温泉饅頭が並べられていて、奧の作業場もガラス越しに見える。レジの横には「とて焼き」の文字も。ここでも売っているのなら、俄然食べてみたくなった。和菓子のショーケースを見ていると、怖そうなお姉さんがつかつかとやって来て、お求めは決まりましたか? といきなり声をかけられた。万引き少年に対する声がけと変わらない口調(笑)。それでも気を取り直して、創業何年ですか? と尋ねてみたら、百年になります、と。
柚子の羊羹、美味しそうだなぁ、友人に送ってあげようかとなどと思い、送料を訊いた。
「わかりました。あとでまた来ます」と言って店を出ようとしたら、「午後3時前にはヤマトの集配があるので、来るのなら午後2時くらいに!」ときつい口調で言われた。
私としてはあと1時間くらいの時間に塩原新名物の「とて焼」をランチ代わりで食べたいのだ。
塩の湯近くまで歩いた。本当は立ち寄り湯もしたかったのだが、いまは宿泊客オンリーで、この原則は私が投宿している安リゾートでも外部の客は入れない。どこの温泉宿もこうした規制が続く限り、きついだろうな。
午後1時半、「榮太郎」に戻った。で、とて焼きを注文した上で、日持ちのする和菓子を友人に送ることにした。伝票を書いて渡すと、「すみません、先ほどの送料は間違いで
1100円になります」と。まあ済んだことは仕方ない。
1分後、素っ頓狂な声で、「あなた、鎌倉の大町ですか?」と詰問される。
はい。それがなにか?
「私の娘がいま、大町に住んでいるんですよ!」と言う。
自分も鎌倉が好きで、わざわざ鎌倉にいる娘を訪ねていることや、鎌倉のパン屋名を具体的に挙げて「美味しい!」と推挙したり、とうとう私の物腰さえ褒めるのである。
「娘は○○と言います。今週末の連休、こちらに帰ってくるので、あなたの住所と名前を伝えていいですか? そして遊びに行かせていいですか?」と言われたので、調子のいい私は「どうぞどうぞ」などと言ってしまう。御主人が私に珈琲を淹れてくれたらしく、温泉饅頭と一緒に持って来てくれた。なんか嬉しいサービスを受けてしまい、恐縮する。
店内に30分近くいたのではないか。その間、客も3〜4組入店していたから、そこそこ有名な店なのかもしれない。
そうこうしているうち、あっと言う間に午後2時を過ぎた。
店を出る。箒川と快晴の空。空を見上げていると、(印象派初期の)ウジェーヌ・ブータンが描いた真っ青な空と真っ白な雲と同じ鮮やかさだった。なんだか泣けてくるほどに美しい空。これだけで連泊した価値があると思った。汚れきった私の心が改心した瞬間であろう。
(この項続く。いや、続かないかも)
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