8月16日月曜日、雨。
先週末、LINEに高校の恩師からメッセージがあり、「四尾連湖の絵はがき、何も書かないでもう一枚送ってください」という内容だった。
旅に出る前、事前に四尾連湖を写した写真を使って手製の絵はがきをつくり、その絵はがきにちょろっと文章を書いて先生に送ったのだが、それをまた送れと。字も文章もへたな方ではないので、宛名だけ書いて送れというのは失礼ではないか(笑)。
朝、先生に向いてあらためて便箋2枚の手紙を綴った。絵はがきは別のバージョンも作り、さらに四尾連湖で自分用に買った一筆箋も同封することにした。
本日は「九条の会」の定例会議が午後3時からある。その前に郵便局へ寄って先生宛の封書を投函し、銀行に寄ってから出席。
1時間半、皆さんのご意見を默って拝聴、和むわ。
昨夜の読書について記したい。
ブックオフでたまたま『ヨコハマメリー〜白塗りの老娼はどこへいったのか』(中村高寛著、2020年8月刊、河出文庫)という本が目についたので買った。
1970〜90年代、メリーさんは横浜の有名人だった。異様な光彩を放つ街娼で、私は一度か二度、伊勢佐木町辺りで声を掛けられたことがある。1976年から1978年のことで、当時、横浜の外れにある学習塾でバイト講師をしていて羽振りがよかった私は、しょっちゅう野毛から関内一帯のジャズ喫茶やライブハウスを訪ね歩いていた。賑やかな通りから一本か二本外れた薄暗い道を歩いていると、たまに街娼が私のような貧乏学生風であっても声を掛けてくる。こちらは純情ゆえに顔など見ないのだが、メリーさんだけは違っていた。足が竦むくらいに驚いてしまう容貌だったから、思わず見てしまう。
鎌倉に越してからはJRの定期券が乗り降り自由なので、横浜駅で途中下車することが多かった。横浜西口の繁華街を歩いていると、高島屋の南出入口あたりでメリーさんを見かけることがよくあった。もうその頃は街娼というよりホームレスに近い行動だったのかもしれない。もし今も生きていらっしゃったら、100歳か、それとも105歳だろうか?
中村氏のノンフィクションは、焦点こそメリーさんに当たっているのだが、横浜の近現代史といってもいいような視点の大作で、開港から20世紀末までの横浜を資料まで駆使して細やかに描いている。昨日時点で176ページまで読んだ(総ページ378P)。一気に読めたのだが、インタレストがあり過ぎてここから先は、ブランデーを舐めるようにゆっくりと読み進めたい。
落伍者は落伍者を呼ぶのか、学生時代から落ちこぼれた人のルポや私小説を読むのを他人より好んでいるような気がする。というか、一般的な作家、たとえば島崎藤村らの自然主義、太宰治を筆頭とする私小説作家、高橋和巳のようなインテリの転落を主題にする知的作家。純文学作家は洋の東西を問わず、転落と再生の物語、というのが小説の大半と言えるかもしれない。メリーさんは実在の人物だし、本質よりも本質であるというような実存でもあるが、私にとっては20世紀の幻風景と言えるブンガクである。
とうとう神奈川県の新型コロナ感染者が過去最高の2584人になった。月曜日で検査数が少ないというのに。
こういう状況になると、今日のような会合はもちろんのこと、家から一歩出るということが問われる。本屋はダメ、スーパーはダメ、カルディもダメなら博物館もダメ。公共交通機関を利用するということさえ躊躇すべきことになってしまいかねない。
これから先、どういうシミュレーションが出ているのだろう。五輪前の6月、「7月末に東京の陽性者は5千人」という予想がグラフ化されていたが、その後のシミュレーションは新聞にも出ていない。
今年いっぱいで収まるの?
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