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2021年08月12日13:36

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体力80歳の私が行く旅(その3 四尾連湖の小屋篇)

 アイルランドの国民的詩人イエーツの詩に「イニエスフリーの湖島」という有名な叙情詩がある。
I will arise and go now, and go to Innisfree,
And a small cabin build there, of clay and wattles made.(中略)
And I shall have some peace there, for peace comes dropping slow,
Dropping from the veils of the morning to where the cricket sings.
ああ、明日にでも行こう、あの島へ
そしてあそこに小屋を立てよう。
ああ、あそこなら、いつかは心も安らぐだろう
やすらぎはきっと、ゆっくりとくるだろう
水の滴りのように、また
朝靄から洩れてくる虫の音のように
(加島祥三訳)
 唐突にイエーツの有名な詩を引いたのはただの「天声人語話法」で、わざわざ古典を引用しなくても話は通じるのに、ちょっと知的な私(書き手)がちょっと知的なあなた(読み手)に、自然と向き合う心地良さを示してさしあげましょう、という若干偽善的な手法をからかいたくなったからで、他意はない。ちなみに私、この詩を加島先生が直接朗読された講義を受けた経験がある。先生には失礼なことをしちゃったか。
 詩人は湖から20メートルほどの斜面に山小屋を建てて5年半住んだ。
 いま、その山小屋はないが、その跡地に4軒ほどの小屋が残存している。昭和40年頃、湖畔の宿を営まれている旅館が建てたロッジで、広さは6畳ほど。天井の蛍光灯照明と卓上テーブル以外に家具はなく、スマホの電波は拾えず、テレビもコンセントもない。旅館のかたがご親切にもUSB充電扇風機と乾電池式蚊取り器とランタンをご用意してくれていた。
 部屋の窓から湖が一望できる。詩人とほぼ同じ高さから見る目線を共有、不自由さも共有。
 しばらく休憩したのち、湖を一周することにした。他にやることがないからである。
 実は今だけ静謐空間ではない。私が泊まる小屋の隣にはロッジがあり、すでに中庭に10人ほどの老若男女が集ってバーベキューをしている。湖の反対側にはキャンプ場があって、対岸まで歩き着く前に子どもたちの嬌声が聞こえてきた。
 一周しても20分程度に小さな湖だ。江戸時代までは富士八湖の一つとして知られ、冨士講の面々が訪れた有名な湖だったが、明治以降はさびれてしまい、誰も住まない隔絶した地になった。そこに詩人が住みついたわけである。
 夏の湖はそもそも饒舌である。キャンパーやバーベキュー者らの声がなくても、溢れ出す陽光と木々の緑、蟬や虫の声がかしましい。
 湖を一周し、旅館前にあるオープンテラスで見るともなく湖を眺めていると、「よかったらお風呂に入りませんか」と若旦那から声を掛けられる。
 そもそも旅館部1泊2食付きで泊まり、宿泊のみ小屋で、というお願いがかなったゆえ、お風呂や食事は旅館部の客扱いである。旅館の人たちは私が詩人研究者であることを熟知している。「風さんが以前泊まったときよりさらに風化が進み、もう泊まれたものじゃないボロさですよ」と言っていた。
 私が廃墟好きなの、知らないな(笑)。
 ありがたく風呂に入らせてもらう。といっても今日は汗をいっぱいかいたので、頭から足の先まで2度も洗って、シャワーで流しただけ。遠慮して浴槽には浸からなかった。
 やっぱシャワーは気持ちいい。最後に水だけのシャワーをさっと浴びたら気力が蘇ってきた。
 小屋に戻ってデジカメを持ち出し、湖の写真を5枚くらい撮った。
 そのあと、甲府で読んでいた小説の残りを一気読み。とても心を惹きつける内容だったのだが、後味が最悪だった。良きにつけ悪しきにつけのエンタメ小説だった。
 読了後に一服していたところで、「晩ごはんのご用意ができました」と若旦那が告げに来た。旅館と小屋の往復をさせているわけで、申し訳なく感じる。
 ゆっくり1メートル先が湖、というテラスで用意された晩ごはんをいただく。私以外はバーベキュー派なので、結局完全なひとり飯になった。
 お酒を呑まないので30分くらいで食事が終わる。ロビーに行って、若女将と20分ほど話をしてから小屋に戻った。
 日が暮れたら正面の山に一等星が1個見えた。iPhoneはあるもののなんの星だか調べる気になれない。どうでもいいじゃないか。知りたきゃうちに戻ってプラネタリウムのアプリを開けばいいだけのこと。
 湖を4分の1周くらい散歩した。1年でいちばん泊まり客(とキャンパー)が多い時期だから、怖さがないのは残念だが、こればっかりは仕方ない。誰もいない湖に泊まりたきゃ、9月になって平日に来ればいい。
 小屋のすぐそばでは、年に1回か2回のレジャーではしゃぎ回る子どもと大人の声がめちゃうるさいのだが、これを丸ごと受け容れると、みんなしあわせであれ、と思い、集中力がなくても読めるエッセイ集を読むことにした。小川糸『海へ、山へ、森へ、町へ』。食を巡る旅での感動を綴る好エッセイ集で、登場する料理人・生産者らも尊敬に価するなら、著者の食に対する愛も半端じゃない。自分が昔から食について貪欲じゃないので、なんだかこの歳になって生きることの大切さを教えられたような気になった。
 1時間経ってもバーベキューは終わらない。読書は目が疲れたので終えた(笑)。
 この時間、五輪の閉会式は終わったのかな。
 今朝、男子マラソンで35キロあたりからゴールまでの30分間をホテル備え付けのテレビで見た。大迫選手のファンなので、一人で淡々と走る彼がこのまま6位をキープして完走することを願いつつ見てた。
 メダルこそ逸したものの、ご本人が自分の力を100パーセント出し切ったと満足していらっしゃっるインタビュー内容を聞いていると、熱い感情が溢れ出した。私は東京五輪に興味薄なものの、男子サッカーと卓球の石川佳純選手と大迫選手は別で、旅に立つ前、石川選手の動画をYouTubeで探して見ていたくらいの関心はあった。彼女が中国語で長々とインタビューに応えている動画は衝撃的で、日々、真面目に卓球や中国語と真剣に取り組んでいることを強く思い知らされた。もっとも、中国勢に負ける石川選手を見たくなかったこともあって、実際の試合はテレビ観戦しなかった。
 読書を中断した時、私はまるで自慰でもするかのようにiPhoneを取りだしてYahoo!ニュースを見る癖があるのだが、小屋では電波が飛んでいないのでかなわない。どうしてもチェックしたいのなら旅館のロビーへ行けばWi-Fiが飛んでいるので読めるのだが、わざわざ行くほどのものではない。
 仕方なく民衆詩集を取り出し、10分ほど声は出さなかったが朗読して時間をつぶした。
 ああ、バーベキューパーティーで盛り上がっているキミたち、9時を回ったのでそろそろ引き上げような。が、話を聞いていても饗たけなわだった。結局10時半まで大騒ぎは続いた。
 小屋を出て、宿前のテラスで欄干に肘をついて、夜の湖と森と空を眺めていた。まるで一枚の絵画のようだ。黒い画用紙に薄墨色と白のパステルでこの風景を描いたら、理想的な絵になりそう。シャガールの絵みたいに、一人の裸の女が湖上を飛んでいるのを描き足すと、それはそれでシュールになっていいかも……。
 妄想は止まらず、20分くらい頭の中で絵を描いていた。詩人は明らかに発達障害だが、私も発達障害であろう。
 目を凝らして湖上を見ていると、無数の「輪っか」があちらこちらにある。なんの魚なのだろう? きっと魚が夜の澄んだ空気を吸いに湖面まで上がり、そして水の中へとふたたび潜っているのだ。読書用メガネなので視力は0.6程度なので、「輪っか」のディテールまでは見えない。30年生き続けている長寿の鯉がいて、この湖のすべてを熟知している。鯉にはかつて伴侶がいたのだが、亡くなってしまった。しかし寂しいとはつゆ思わず、淡々とただ生きている。そんなドラマを頭の中で想ったりしていると、時間の流れが止まってしまい、いま何時なのかがわからなくなった。
 もし対岸にキャンパーさえいなければ、宿で用意してくれたランタンを携えて湖を一周するのに。ちょっと残念だったが、万が一足でも踏み外して溺死する可能性だってあるわけなので、よかったのかもしれない。
 小屋に戻って灯りをつけると、蛾が蛍光灯をめがけて飛んだ。よく見ていると細かな鱗粉が舞っている。
 暇だなあ。なんもすることがない。
 また詩集を開いて、10分か15分経ったところでトイレに行き、だらだらと歩いて小屋に戻ったところで、ようやくバーベキューパーティが終わった様子になった。
 タブレット端末を持参している。中に映画30本と音楽動画を入れている。もう何度観たか覚えてもないが、トヨエツと榮倉奈々主演の『娚の一生』を飛ばし観た。
 そうこうしているうちに午後11時を過ぎたので、用意された布団を敷き、入眠剤を飲んで床に就いた。しかし、なかなか睡魔は訪ねてくれようとしなかった。

この項つづく
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