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2021年06月04日15:08

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ふたたびメルセデスベンツへ&間寛平さん

 昨日は悲しい一日だった。本当の鬱病のかたには申し訳ないが、ウツ状態だと言いたくなる。気分の上下動、その振幅が小さいのが賢人であり、幸せな生き方だと思う。
 午後イチ、あらかじめメルセデスベンツのディーラーに電話をして、20分後に到着。愛車の左スピーカーがノイジーなのである。右は綺麗に音が出る。
 原因はカーオーディオ本体、配線、スピーカーのいずれかということになる。本体、ないし配線に起因するのなら、自分でやれないことはない。稀少車ゆえ、ネットにそう多くはないのだが、本体をグレードアップしたり、ナビとオーディオを兼ねた製品に交換したユーザーのブログがあって、見よう見まねでできそうだ。万が一、本体が故障なら、中古品をヤフオクで買う(5千円以内)、中国製のやや怪しいオーディオを買う(9千円)ということで済む。しかし、スピーカーの交換は手強い。なんと外側のパネルまで外さないと、スピーカーに辿りつけない仕組みになっている。これはDIYでも最難関。
 サービスフロントマンに実際の音を聴いてもらったら、「本体の故障じゃなく、たぶんスピーカーでしょうねぇ」と言う。ああ、なんてこった。
「それだとおいくらくらいかかるのでしょうか?」と問うと、「うーん、うちは正規部品しか使わないので、最低でも3万円くらいはするんじゃないですか」。
 早々に引き上げることにした。帰り際、「私の方でもお値段、調べておきますね」と言われる。
 うちに帰ってから、再度、スピーカー交換についてネットで調べるも、私のクルマは特殊ゆえ、たとえばオートバックスのようなカー用品店では私と同様、交換できそうにない。
 運転に支障が出るわけでもないので、クルマの中で音楽を聴くのを諦めることにした。
 夜、気になっていた「週刊新潮」の特集「韓国で大バッシングのハーバード大教授”慰安婦=性奴隷”否定論文」を読む。
 慰安婦は性奴隷ではない、多額の報酬もあったし辞めることもできたので、売春婦である、と主張するアメリカの研究者をアシストする記事だった。
 実に卑屈で卑怯な反証研究だと言える。自ら望んで2年間の慰安婦仕事をし、大金を手にしてやめた女性もいるだろう。軍とは無関係に「就職口」として働いた女性もいることだろう。そういう例を持ち出して、だから従来言われているような従軍慰安婦制度はない、と主張するのは理にかなっているのか?
 論理数学で、対偶をとって検証する手法は高校の誰でもが習う。社会科学でも物理理論や医学実験でも、基本中の基本だ。新潮社のような大出版社は、当然のことながら、人間的な魅力を備えた秀才(一般大学生で言うと数百人に1人くらいか)を採用し、入社後はさらに一般企業よりも磨かれていく。にもかかわらず、平気でこういうウソだらけの記事を書く。
 1年くらい前だったか、週刊新潮の連載コラム(高山某)を怖いものみたさで読んでみたら、イザベラ・バードの『朝鮮紀行』(19世紀末の朝鮮半島旅行記)から「朝鮮人は不潔で嘘つきだ」というようなところを抜き書きして、100年経っても韓国は同じですね、などと揶揄していた。
 イザベラ・バードの名著『日本奥地紀行』を2種類の翻訳とも買って読んだ身としては嗤うしかなかった。明治の日本人はいかに(白人の目から見ると)不潔で無作法だったかをバードは繰り返し怒り、歎いていて、逆に褒めていたのは、北海道に渡ってアイヌの村を訪ね、彼らの人間性と文化を讚えていたことくらい。新潮社の編集者で『日本奥地紀行』を知っている人は7割、読んだ人も3割くらいいるだろう。それくらいに貴重な文献でもある。 
 従軍慰安婦の悲惨さを否定する思考は政治的である。この場合の政治的というのはイデオロギー的であるという意味だ。
 世界の趨勢はLGBTの主権回復に見られるように、基本的人権の尊重を大切にする。が、逆の潮流である新自由主義の台頭は人間を疎外することで成立する。
 寝る前、お口直しに『つながらない生活』(ウィリアム・パワーズ著)を半分くらい一気読みした。デジタルまみれの現代社会に警鐘を鳴らす内容で、嚆矢的な本だ(原著は20111年刊)。私はまさにデジタルまみれの俗人ゆえ、耳が痛い。
 かなり前、才能豊かな元ライターと会って話をしたとき、オシャレな古民家カフェのテーブルの上に彼はスマホを置いていた。1時間、鳴りっぱなしだった。ツイッターで一日に10回も20回も発信しているので、コメントがつくたびスマホがバイブする。5分起きに彼は私と上手く話をしつつ、チェックしている。彼のアクティブさからすれば仕方ないのだろう。が、この子(と言っても私より20歳下だから立派な中年)の文学的才能は潰えるだろうという否定的な見方もした。そして、その予想は当たった。
 彼だけではない。現代人の多くはこうして過剰な社会智を身につける一方、自分の尊厳を失う。いやな時代だ。
 
 今日金曜日の正午前、iPhoneでヤフーニュースを見ていたら、間寛平さんのインタビューを元にした記事が載っていた。
 週刊誌の記者時代、寛平さんに1時間、インタビューをしたことがある。寛平さんはその時、32歳。
 ヤフー掲載の告白記によると、32歳の頃はどん底で、連帯保証人になったがゆえの借金で毎日、逃げるような生活だったという。私はインタビュー中、こんなにオモロくて人を惹きつけるような人は滅多にいないだろう、と感じた。しかし、「どん底」だったとは。
 寛平さんを楽屋に訪ねたとき、部屋が大部屋だったのでインタビューはすぐ近くの喫茶店に行ってすることになった。
「兄さん(年下の私です)、こいつらにもコーヒーを奢ってやってくれませんか?」と言われ、頷いた。
 と、売れない芸人さんたちがぞろぞろ付いてきて、結局10人くらいのコーヒー代を支払うはめになったのだが、素寒貧の一日600円しか収入がない芸人さんたち一人ひとりから「おおきに!」「ごちそうさま!」と言われてとても嬉しかった。寛平さんの悪ふざけが実は悪ふざけでもない、ということがわかった。
 ヤフーの記事では「人を絶対に裏切らない」「悪いことはしない」「残された人生は限りあるけど、それでも高みを目指し、いばらの道を走りたい」などなど、当たり前のことなのに忘れがちな発言が多々あった。私、コーヒー10杯、奢ったことを誇りに思います。
 さて、先ほど、メルセデスから電話があった。
「スピーカーの交換ですが、正確な料金がわかりました。1万4千円です」
 あれっ、昨日の見積もりよりかなり安いな……。
 話し合った末、部品注文をしてもらうことに。「その額ならなんとかお小遣いの範囲内です」と言ったら、笑われた。
 これを糧に頑張らないと。
 
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