アニメ、ヒカルの碁 SAIとヒカルと
ヒカルの碁は、やや古いアニメだが、人気があり、面白いと評判だった。知ってはいたが、リアルタイムでは見ていなかった。75話という長丁場だったが、ほぼ、一気に見てしまった。アニメとしては、やや古いので、今のCGを駆使するアニメの綺麗さはない。しかし、手描きの暖かみというか、味があるアニメだ。手描きアニメが好きなファンも多いだろうと思う。全てを見終わっての感想は、やや複雑なものがある。物語としては、非常に良くできていて面白い。登場人物には、まるでドキュメンタリーを見ているかのような存在感がある。メインのキャラだけではなく、回りの脇役達も同様で、作り物の物語とは別の世界の作品なのだ。作られた物語ではないように感じる。
物語は、平安時代の天才囲碁棋士だった藤原佐為が、幽霊となって現れ、小学6年生のヒカルに取り憑いて、騒動を起こすというもの。SF風で、ファンタジーチックで、オカルトっぽい設定のようだが、作品から感じるイメージは別のものだ。藤原佐為は、江戸時代にも、虎次郎という男に取り憑いて囲碁を指していた。その虎次郎が後年、本因坊秀策になる、という設定。もちろん、このあたりはフィクションだが、虎次郎も本因坊秀策も実在の人物。藤原佐為に関しては、文献が残っていないとして実在したかどうかは濁されている。しかし、佐為のモデルはいたかもしれない。本因坊秀策が現在に蘇ったら、どんな囲碁を指すだろうか、というのが、テーマの一つにもなっている。素人の少年が、未来の囲碁の名人と嘱望される天才的な少年に勝ってしまったりと、奇想天外なエピソードを連ねながら物語は進んでいく。そういったエピソードも痛快で面白い。幽霊である藤原佐為のキャラも良く、ヒカルも佐為とのコンビを楽しんでいた。この辺りの関係性は、ドラえもんとのび太の関係性に似ているかも。だが、物語の中で、ヒカルは成長を始める。最初は小学6年生だったヒカルも中学に進学し、プロの棋士を目指すようになる。ヒカルにとって佐為は、囲碁の先生であり、親友のような、そして家族のような関係性になっていく。これも、のび太とドラえもんの関係性に似ている。ヒカルの碁の物語が終盤に差し掛かると、序盤では考えもしなかった出来事が暗示され始める。実は、この暗示は、非常に辛いものだった。完結された作品は、もうどうしようもない。何が起こっても受け入れるしかない。
ドラえもんは、未完のまま終わっている。というより、未完なので、終わってはいない。HUNTERXHUNTERもそうだ。作者が、HUNTERXHUNTERを描かないので物語が進まない。HUNTERXHUNTERに関しては予感があった。キメラアント編を見ていて、作者は、燃え尽きるのではないか、と、ふと思った。正直HUNTERXHUNTERは、未完でいいと思う。世の中には、未完の作品がたくさんある。モナリザも実は、未完だ。ダヴィンチは、生涯モナリザに手を入れ続けたが、完成はさせなかった。未完の作品には、作者が意図的に未完のままにした場合がある。ミケランジェロの晩年のピエタもそうだろう。ドラえもんも、作者が、意図的に、完結させなかった可能性が高い。のび太を成長させない。いつも、ドラえもんに頼るようにしていた。のび太とドラえもんの関係性が永遠に続くようにするためだ。のび太が成長すれば、ドラえもんは必要なくなってしまう。ドラえもんは、作者の意思を離れ、自我をもつ個体として存在してしまった。アトムも実はそうだ。作者の意図とは関係なく、アトムとして存在してしまっている。誰かが、勝手に、どうこう出来るような存在ではなくなってしまったのだ。ヒカルの碁の佐為もそうだった。幽霊でありながら、藤原佐為として、SAIとして、自我のある人間として存在してしまった。頭文字Dの藤原拓海もそうだ。漫画の中のキャラを離れ、一個の人間として存在するようになっていく。新作のMFゴーストで、その後の藤原拓海が語られるが、藤原拓海が生きており結婚もしていたと知り、頭文字Dのファンは、どう思うだろうか。あの、藤原拓海が結婚。相手は、女子プロゴルファーだった女性だそうだ。ゴルフの上手い女性に心当たりのあるファンもいるのではないだろうか。たかが物語、と思う人もいるだろう。フィクションにのめり込むのは、危険な場合もある。フィクションを楽しんだ後は、現実の世界に戻るようにしないけない。ウエストワールドというドラマでは、フィクションにのめり込むがあまり、現実とフィクションの区別がつかなくなってしまう人間が登場する。こういうことは、決して珍しいことではない。本当に、魂を宿しているんじゃないかと思う作品がある。そういう作品に魅了されてしまうと、その物語に取り込まれてしまう場合がある。物語の完結によって、ファンの心の行き場所がなくなってしまい放浪を始めてしまう。拠り所を求めて、ファンは、ヒカルの碁の1話目を見るようになる。流離いからループへ。HUNTERXHUNTERのように未完の作品の場合、ファンは、続きを待ち続ける。もう、完成されることはないかもしれないが、待つことで、心が放浪をしなくてすむ。それも拠り所の一つだろう。エヴァンゲリオンもそうなのかもしれない。魂を宿した作品と接するのは、至上の喜びであると同時に、悲しみや苦しみを共有することでもある。飲み込まれてしまった心は、サルベージしないと救われない。
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