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2020年09月18日20:17

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中原綾子、別名曾我綾子の愛と凄み

 つかねえな、と落ち込んだ3日前、ユニセフから今世紀最大の緊急支援を求める募金要請が届いた。
 今日の夕方、なんとか気力を振り絞って郵便局に行く。
 同封されていたレターには「あなたの3千円がマスクが215枚になります」と書かれてあったが、いつも通りの千円を送金。
 ここまで新型コロナにかからなかった、これからもかかりませんように。
 神頼みにも似た願い半分、マスクはもとより清潔な水さえない貧困な子どもたちに未来をという気持ち半分だ。
 郵便局の隣にある本屋へ行きたかったのだが、小遣い節約のために図書館へ行く。「本の雑誌」が出たはずなので、気兼ねなく立ち読みをしよう。
 図書館の1階をうろつき、リサイクル本が雜に並らべられたテーブルをチェックすると、葉室麟や重松清といった売れっ子作家の本が複数あった。全部で100冊くらいあったのだが、その中でとびっきり質素で、かつ汚い本が目に付いた。古いのか、背文字のタイトルが読み取れない。逆に好奇心が涌いて、最初の見開きを見てみたら、堀口大學が序を寄せている。

  『灰の詩』には作者がふたりある。
  ひとりは死んでこれを書かせたOさん、
  ひとりは生きてこれを書いた綾子さん。
  灰とはいふが熱灰だ。
  永久に冷める火のない火山灰。
(後略)

 なんだか大仰な序で、これは堀口大學に潤沢なお金を出してまえがきを書いてもらった文学少女的有閑マダムの詩集なのかも、と思ってしまった。
 で、目次があって、いちばん最初の詩が本書のタイトルにもなっている詩「死の灰」だった。

 線香の灰の
 結ばれてるのをあなたは見たか

 それはかぼそい名香だつたが
 ほのかに艷な匂ひだつたが
 心が無ければ気にも止めまい

 線香の灰の
 結ばれてるのをあなたは見たか

 私はなぜかお線香から立ち上る煙が二筋になって、それがまるで少女の三つ編みのように結ばれている光景を見たような気がした。
 次の詩、さらに次の詩と、続けて5つくらい詩を読んでみた。
 男を恋しく想う、男はどうやら死んだらしい、女は丑三つ時にも男に焦がれ痩せていく……。
 8番目の詩は「恨み言」と題名がつけられている。

 嫌味も
 あまり
 酷過ぎました
 あたしを鬼にしておいて
 もういいかいと云つてる隙に
 雲にかくれた
 かくれんぼ

 旧字遣いだからか、与謝野晶子の印象に近い。
 で、いきなり最後の「あとがき」を開くと、4頁に亘って自著の解説を加えていた。

 今年の五月某日は、亡き人の一年になります。
 事実の筋を最小限度に申添へることを許していただきますが、久しい間の恋人でもあり、また、私にはやさしい、よき良人でもあつた人でした。

 やっぱり。何がやっぱりかと言うと、これはたった一人で過去と向き合い続け、心と言葉をせいいっぱい尽くした反戦詩であった。
 詩について自分はまったく知識も理解力も持たない人間ではあるけれど、そんな自分がわずか10分、立ち読みしただけで、この女性の凄みがわかった。
 奥付を見ると、昭和34年刊、版元は彌生書房だった。彌生書房くらいは知っている。
 限定五百部で、著者検印(はんこ)が貼られていた。
 なんかすごい詩集を引き当てたかも。
 家に戻って、早速ネットで著者・曾我綾子を調べてみると、別名中原綾子という女流詩人だった。
 ウィキによると、
<1915年(大正4年)に東洋高等女学校を卒業後、作歌を始めていたが1918年(大正7年)から与謝野晶子に師事し、新詩社同人としてその歌を『明星』に発表するようになる[1]。同じく『明星』に参加していた高村光太郎と親交があり、妻の智恵子の精神病を悲しむ内容の手紙を受け取ったことがある。
1929年(昭和4年)6月、吉井勇・秦豊吉らとともに文芸誌『相聞』(後に『スバル』と改称)を公刊、詩や戯曲を発表する。1931年(昭和6年)8月には歌誌『いずかし』を主宰して発行した。>
 私、有閑マダムの手すさびか、などと第一印象を持ったのだが、まこと申し訳ない。
 改めて持ち帰った詩集『灰の詩』を手に取る。図書館の書庫に収められていた本だった。こういう稀少な本を手放す? ケントギルバートや百田の本とこの詩集と、どちらが図書館にあるべき本なのか? こんな簡単なことさえ分かっていない無能が図書館の蔵書をコントロールしているのかと思うと、力が抜ける。
 フローリングの床に直座りして、詩を読んでみた。
 経歴なども知ってしまったがゆえに、今度は落ち着いて理解できる。
 ちょうど真ん中に「一九四五年 春の断片」という詩がある。

——人は冷く——
——世はあまりにうすぎたなかつた——

 ——で囲んだこんな2行があった。恋しい男は1945年の春以前に亡くなったのね。
 次の瞬間、空襲が綾子さんの頭上を襲った。
 綾子さんは東郷橋の下にかくれた。
 逗子の海辺のすぐ近く。
 此処で私は死ぬかと思つた、と書かれていた。
 そこで死ななくてよかった。その後、綾子さんは歌と詩を書くことが出来たのですから。
 鎌倉図書館から捨てられた本は、ページが一部ちぎれ取れそうなくらい傷んでますが、紙焼けは全くと言っていいほどありませんから、綺麗な本文です。
 詩集を全部読み切った経験が少ない私ですが、この詩集は必ず全部、読みます、読ませていただきます。
 
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