午後イチ(家を出たのは1時ちょうど)、横浜に向かうべく横須賀線に乗る。この時間だと乗客全員が座れる程度の混み方なのだが、3密を避けるためなのだろう、ドアのそばに立っているひともいた。周囲に気を遣う、気をつけるというマナーが向上したことが新型コロナ唯一の利点か。いや、これも行き過ぎると、社会的靱帯が弱まるか。一時期流行った「絆」という言葉は「国家一枚岩」的体制のスローガンとしか受け取れず、気持ち悪い言葉なのだが、私は別に反社でもないので、人と人とが適度に密な社会がいい。メールやSNSでの仕事の打ち合わせとか、編集者なら原稿の受け渡しとか、とにかくそういう合理的だが安易でもあるやりとりは、嫌いである。
横浜駅で用のある建物とは逆の東口に出た。「ビッグイシュー」が買いたかったからだが、時間がまだ早いせいか、販売員はいなかった。残念だ。都会の人と違って、地方の人間は一冊の雑誌を買いに行くために、その雑誌代以上の交通費がかかる(苦笑)。
今日は「戦争展」の最終日で、私は後片付け要員を志願していた。気分としてはスーパーボランティアの尾畠さんで、しんどいことを率先して黙々とやる、みたいな感じ。なにしろこの私が最年少なのだから。
午後4時、展覧時間が終わり、6時過ぎまでパネルを外したり、借り出したパネルを梱包したり、テーブルや椅子を倉庫に運んだりと、下働きに徹した。肉体的にはしんどいけど、頭を絞り出すように使うよりはマシ。こういう奇特な展覧会に関わっている人たちというのは基本的に性格がよろしいようで、安心感がある。
6時15分に簡単な総括会議をやって解散。
この市民グループのリーダーが私の隣町にお住まいのかたで、今日は荷物の引き取りがあるため車で会場入りをしていた。
同じ方向の人、ぼくの車に乗りませんか? と言っていたので手を上げた、
実はこのグループ、会合があるたび、終わったら飲み会をやっているのだが、私は一度も参加したことがない。下戸だからじゃなくて、個人的な関わりを持つ気がとても小さいからなのだが、車の助手席に同乗するというのはちょうどいい機会かもしれないと思ったのだった。
車のなかで個人的なお話をたくさんした。と言っても、45分くらいの時間ではあるが。
彼の安全運転ぶりと、それとは別の運転の上手さにいささか感服。うまく言えないが、自然体っていう印象を持った。
自分は無理に自然体を装っている。このことは自覚済み。
友だちや知人にも自然体のやつは何人かいるが、この人はワンランク上のリラックスさかな。
たった半日で学ぶべきことがいくつかあったので、収穫の多い一日となった。
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