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2018年11月25日22:23

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JR石川町、暗い方の街へ

 連休2日目の昨日土曜日、私には珍しく3件の誘いがあった。一つは大学の先輩ミュージシャンが率いるバンドが42年ぶりに再結成のライブ、二つ目は「関東大震災朝鮮人虐殺を究明する会」主宰の講演会、三つ目は知己の天才的現代舞踏家によるパフォーマンス。
 当初から、1976年の横浜野音での演奏を以て解散したバンド再結成ライブに行くことに決めていた。勝手言って申し訳ない。
 ライブハウスはJR京浜東北線石川町から歩いて10分、長者町にあるビルの地下1階にある。初めてのライブハウスなので地図で確認してわかった。そこは日本3大ドヤ街の寿町と隣り合っている。だから、10月の末には、ライブへ行くついでにと言ってはなんだが、数時間程度の小さな旅をしてみようと考えた。石川町駅のそばを流れる中村川に沿って、虐殺された朝鮮人を慰霊する、そしてかれこれ20年以上訪ねていなかった寿町を歩くこと。
 事前に「寿尋常小学校」の生徒が綴った作文を読み返した。
<私たちは三尺余りの棒を持って、其の先にくぎをつけて居ました。それから方々へ行って見ますと、鮮人の頭だけがころがって居ました>(寿小5年男子)
 こういう小学生の作文が何十本と残されていて、読んでいるうちに気持ちが悪くなってしまった。
 さて、土曜日の午後2時前に家を出てJRを乗り継いで石川町駅に降りた。晴れと薄曇りの中間くらいで、短めのジャンパーではやや肌寒い。
 石川町の海側出口は「ザ・ヨコハマ」と言えるような観光エリアで、元町通りと中華街と港の見える丘公園と外人墓地と山下公園などなど、華やかきわまりない。他方、内陸側の出口はすぐにいかがわしさ全開のラブホテル街があって、その先を超えたら寿町エリアになる。
 少し大回りをして中村川に沿った道に出て、亀の橋から車橋に向かって歩いた。水質がいかにも悪そうな真っ黒い水だ。私が初めて中村川を見た頃も黒く混濁した川で、しかもまだ水上生活者の暮らす舟が川に留まっていた。そんな貧しい風景をたぶん私は物珍しさと好機の目で見ていたと思う。どす黒い川を見ていて、40年前の自分を見た。
 コンクリートで護岸された川ゆえ、大正12年とは大きく見た目が違っているけれど、黒い川に惨殺された朝鮮人の死体が数多く浮かんでいる風景を想像してみた。死んでしまったら意識がなくて川面に浮かぶのもつらくないだろうが、竹槍で両目を突かれて、腕を鉈で切られ、最後に日本刀で腹を刺されて殺された無実の民はつらかっただろうと想う。こういう殺人が同じ場所で複数あれば、歴史に残る大事件であろう。
 車橋で中村川の写真を10枚くらい撮った。途中、小さな乳母車に寄りかかるようにして歩いていた老人がいた。写真に収めていいものだろうか?
 なんだか憂鬱だ。
 川沿いのビル1階にそこだけがスポットライトが当たっているような画廊があって、全面がガラス張りだったので中を覗いてみた。美しい女性を美しく描いた絵が展示されていたので目が釘付けになっていたのだろう。画廊主が(おそらくは痴呆のような顔付きの)私を見つけて、ドアを開き、どうぞお入り下さい、と言う。お言葉に甘えて入廊した。
 砂漠の中のオアシスに入ったみたいに、ほっとした。実際、砂漠を歩いたことはないのだが、
 心が緩んだら、甘酸っぱいジェラートでも舐めたい気分になったが、そういうスイーツショップがあるのは駅を挾んで向こうなんだよなぁ。この画廊のひと筋裏っ側は寿町だ。
 心の休憩が出来たところで画廊を出た。
 歩いているとベンチのある公園があったので入ってみた。
 かなり年輩の爺さんが竹ぼうきで落ち葉を掃いていた。
「ボランティアをしてるんですか?」
 馬鹿な質問をしてしまった。
 話しかけられたことで感情に火がついたのか、彼は生い立ちから現状まで延々と私に語り始めた。
 もともとは東京で会社を経営していて羽振りがよかった。
 いまは「福祉」で生活している。月額12万7千円で、そこの(と指を差して)「アネックス」9階に住んでいる。6年前に東京からここに来たのは、ひとの勧めがあったのと生活がしやすいから。東京より「福祉」の金額は3千円安い。
 妻はいたが離婚した。離婚した理由を5分にわたって彼は喋った。口を挟むことが出来ない。
 そのうち、ときどき辻褄が合わないようになった。しかし話に嘘はないと思う。
「寿町は恐ろしい街だ、夜はひっきりなしに救急車のサイレンが鳴っている。関わりあいたくない」と寿町の悪口を言い始めた。推測するに彼が住んでいる「アネックス」は住所が寿町ではなく松影町のようだ。元は彼が語る通りで裕福な時期があったのだろう。
 話が終わらないので、会話を切るため仕方なく私は言った。
「おじさんの写真を撮っていい?」
 即座に断られた。
「悪いこと言ったね、ごめん」と私は軽く右手を挙げてその場を離れた。
 首都高横浜線の高架であまりよく見えない空を見上げたら、日の入りが近づいている。陽のあるうちに寿町をほっつき歩きたい。
 mixiは嘘を書いてはいけない規則になっているので、ここまで私が接した事実を順々に書き綴った。なかなか当夜のライブまでたどり着けない。
 このあと、私はまるでテーブルゲームの「パックマンのごとく寿町を縦横無尽に逍遥するのだが、明日にまたあらためて書く。

 
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