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2018年07月28日00:21

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亡くなったひとの歳を数える

 一昨日の25日水曜日、ふたたび三浦半島の先端にある友人のカメラマン、故宝田久人さんのお墓参りに行った。クルマに乗り込んだ午前11時段階では曇っていて比較的涼しかったのだが、走り始めてものの5分と経たない時点で、強烈な陽差しとなった。
 宝田さんが眠る墓地の手前5キロくらいのところにあるスーパーに、仏花を買うために寄った。園芸店はないだろうが、仏花くらいあるだろう。三浦市は大きな墓地がいくつもある。
 予想通り、仏花とテーブルフラワーがレジ近くに置いてあった。2束買う。
 正午過ぎ、墓地に到着。
 クルマから出た瞬間に、身体が溶けてしまいそうな熱波に包み込まれ、汗が噴き出してきた。彼の墓は駐車場から徒歩1分の区画にある。水を並々といれた手桶を右手に、仏花の束を左手に。
 墓石の前に来て、まず水を掛けてタワシで石を洗った。が、一杯の水では足りず、水を汲みに行っては引き返して墓石を洗い、また水を汲んで石を洗うの繰り返しを4回か5回やっているうちに、日射病のような状態になった。
 ああ、彼は亡くなる前年まで超人的と思えるくらいに体力気力のある男だったので、墓前に手を合わせても、亡くなったという実感が湧かない。というか、自分が今ここに来ていることも含めて、どうも釈然としない。
 お墓の前から奥様に電話をした。今、お墓の前にいる、と。
 墓地から切り立った崖と相模湾と太陽が見える。
 結局小一時間、墓地にいた。
 帰り道にしょぼい「すき家」に入ってカレーを食べ、すき家の駐車場から歩いて1分くらいのところにあった露天で大きなスイカを一個買った。
 そして、ふたたびクルマに乗って、フォルクスワーゲン横須賀へ。中古車を買ったので、念のためにリコールの確認をしてもらいたかったのだった。フォルクスワーゲンup!は世界中で大問題になったタカタ製のエアバッグを搭載していて、リコールの対象になっている。
 フォルクスワーゲン・ディラーに着いて用件を言うと、調べてくれた。
 待っている間に珈琲と小さなお饅頭が出たのだが、珈琲の味が絶品で、冷房がよく効いた店内と熱い珈琲のおかげで熱射病か日射病かわからないが、不快な症状が一気に消えた。
 エアバッグ交換の修理はやはりなされていなかったことが分かった。なので、予約を入れた。
 家に帰って、5分ほど休憩。
 で、スイカを持って、自転車で5分くらいのところにある闘病中の友人宅へ行った。スイカを半分こしたかったから。
 大きいほうがスイカは美味しいと言う。だから目いっぱいの大玉を買ったのだった。
 彼にスイカを渡し、半分に切ってくれと頼んだ。そして半玉を抱えて、自転車で帰宅。
 その夜、そして昨日と、ちょっとした偶然で延々、2009年10月に亡くなった加藤和彦の曲を聴いていた。会社を早期退職してものの1週間か10日くらいののち、加藤和彦が自殺を遂げた。
 YouTubeを開いたら、加藤和彦を含むフォーククルセダーズの一夜限りの再結成コンサートが、トップページのオススメにあったのだった。
 私が初めてLPを買ったのは、サイモンとガーファンクルだったか、加藤和彦だったかは忘れたが、中学を卒業した直後に「ぼくのそばにおいでよ」を手に入れた。金の出所は小遣いではなく、親に掛け合ってもらった私立孤高の入学金だった。
 高校受験は公立一校とすべり止めの私立一校というのが標準だったのだが、親に「私立を受けないことにして、入学前払い金を僕にくれないか?」と相談を持ち掛けたら、「それは理に適っている」と答えて、3万円だか3万5千円だったかをくれたのである。公立高校なんて倍率はせいぜいが1.6倍なので、両親は「落ちないよう最後まで油断するなよ」という程度だった。
 そのお金でまずステレオを買い、残ったいくばくかのお金でLPを求めた。
 それくらいに加藤和彦が好きだった。
 なぜ自殺したのか?
 遺書には「世の中が音楽を必要としなくなり、もう創作の意欲もなくなった。死にたいというより、消えてしまいたい」と綴られていたという(ウィキ)。
 加藤和彦は62歳と7カ月を生きた。
 愕然とした。私は62歳と9カ月を生きていて、知らぬ間に加藤さんを抜いていた。
 YouTubeにあがっている生前の加藤さんが映っているライブ映像とテレビ番組を2夜連続で深夜、見続けた。巷間言われている遺書の文言が半ば以上事実だろう。
 才能がないくせに、意欲が生きる意志を支える唯一無二であるという人間なら、この世にたくさんいる。自分がそうだ。
 カメラマンの墓参りをして、加藤さんのライブを見て、深く考え込んでしまった。
 一度だけ、加藤和彦さんを間近で見た僥倖がある。
 安井かずみさんのインタビューを1時間のお約束でおこなった。終わってお見送りをしようとしたところに加藤さんが現れたのである。ただ奥様をお迎えに来られただけだが、私は一瞬で舞い上がってしまい、馬鹿な言葉が口から突いて出てしまった。
「加藤和彦さんですか?」。
「はい」
 澄んだ声で加藤さんはそれだけ言った。
 お二人は並んで帰られた。
 編集者は著名人にサインを求めたり、みだりにべたべたと近づくことなかれ、と入社したとき最初に配属された編集部のデスクから言われていた。もし職業意識がなかったら、サインを求めたかもしれない。
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