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2018年04月30日17:15

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加島祥三著『いまを生きる』について(於山中湖)

 金曜27日の午後、山中湖のマンションに着いた。築40年を過ぎた建物だから時価だと値段があってないような代物だ。富士の裾野にある雨風がしのげるだけの質素な山小屋……。標高1100メートルにあるので、この時候でも日中の数時間を除いて暖房が必要なほどに空気が冷たい、蛇口から出る水も冷たい。
 家を出る前日、必要に迫られて高田宏さんの『八ヶ岳森の時間』を読んだ。企画書を書くために一部を再読したのだが、なかで高田さんが八ヶ岳の奥まった別荘地に年間100日近く籠って執筆活動にいそしまれている「森の生活」に触れていた。隠棲して実際何をしているのか、ということについてまるで円グラフでも書くように分析されていて、執筆や読書より何もしていないような時間が多い、と記されていた。ではなぜゆえ高田さんは八ヶ岳通いをされたのか。クルマをお持ちじゃないので、(この私と較べて)ずいぶんと不自由を強いられる生活なのに。
 着いて小一時間ほど室内全体を掃除する。寺のお坊さんは作務が仕事だと言うが、その精神が手に取るように分かる。実際、手はもちろんのこと、身体を動かして集中し始めると、忽ち「気」が澄み晴れてくる。窓という窓すべてを開けて風入れをする。居室の掃き掃除に拭き掃除、ビジネスホテルにあるような浴室とトイレはスポンジで汚れを取ってシャワーで洗い流す。料理をするわけではないけれど水回りもある程度は清潔にしなければいけない。気持ち良くコーヒーを淹れたいから。布団やマットレスもわずか数時間であっても干す。ちょこまかと動き回っている間は、不安も葛藤も煩悩も消えている。
 一通りの掃除もどきを終え、持参してきた本のうちの一冊をまず選び、テーブルの上で開いた。先週、ブックオフで買った加島祥三著『いまを生きる』’岩波書店)。大学時代、一般教養の英語で授業を受けた先生だ。格段親しかったわけではないが、それでもいくつかの個人的な接点があった。サークルで出している同人誌で個人負担の印刷代を減らすため、加島先生ならカンパをくれそうだと踏んで研究室を訪ねたり(その場で1万円をくれた)、授業の出席日数が足らなくて呼び出されてレポート提出をすることで試験資格をもらったり。決していい学生ではなかったが、卒業した後も先生の本や翻訳書を時々買って読み、講演も聴講したし、趣味の墨絵で個展を開かれた際には駆けつけた。加島祥三は凡百の大学教員のなかにあって、この先生はホンモノだと直感した。たかだか一般教養の語学授業にもかかわらず、先生が次から次へと訳出される日本語に綺羅星のような言葉があって、文学とはあらゆる思想や文化を総体として捉える大いなる人間学だと思った。
『いまを生きる』は2001年、岩波書店から刊行されたハードカバーのエッセイ集で、あとがきによると、「依頼原稿では泣く、自分の感興に随(したが)って文芸随筆というものを書きたくなった」と先生は考えた。63歳になった年、友人にそう漏らしたら、彼は「だったら、勝手に書いて出したらいい。ニューズレターみたいな通信にして」と言った。その3カ月後、先生はその忠告どおりに「晩晴館通信」第1号を書いて印刷して知り合いに発送した。
 晩晴館通信は年に4回の季刊で出し、2001年時点でも続いている。そこで書いた随筆の中から先生が21篇の随筆を自選してまとめられたのが本書の成り立ちだ。
 この経緯については、5〜6本の随筆を読んだ時点で「先生が物するこの文学的純度っていったいどうやって生み出されたのか?」と驚嘆した時点で、先にあとがきを読んで知った。
 あまりに面白過ぎると、私はいったん退くことがままある。ベランダに出て一服した。目の前には西日で朱色に染まった山中湖と、太陽の蔭になって黒っぽく見える富士山があった。
 その日の夜、さらに翌日で本を読み終えた。
 で、私は読み終わってから、また始めに戻って読み始めたのだった。

 山中湖の森に一軒のペンションがある。
 加島先生とある時期、親しく関わっていた女性ライターがいて、私は先生ではなく彼女の本を1冊担当編集したことがあった。20数年前、女性ライターと雑談しているなかで、彼女が加島先生と親しくお付き合いをしていて、山中湖のペンションで加島先生を囲む詩と講演のイベントがある、一度風さんもご一緒に行きませんか、と誘われたことを思い出す。私はなんとなく今さら間近で先生のご尊顔を仰ぐ気にもならず、行くことはなかった。そのペンションは、このマンションから歩く気があれば30分くらいのところに位置している。今し方、iPhoneで調べてみたら、まだペンションは継続されているし、サロンではときどき文化的な催事がおこなわれていた。
 私は衝動に駆られやすい性格で、それは人間的な浅薄さに繋がっている。そのことを知っているために、今日(4月30日)、遠目でもいいからペンションをひと目見ようという感情を抑えた。どうしても見たければ、次に山中湖へ来るときの小さな目的とすればいい、と。
 そもそも加島先生の教養や書き物に触れたければ、本を読めばいい。探偵ではないので、故人となられた先生を探ることもあるまい。先生は数多くの作家や出版関係者と知り合いなので、まだ発表されていない原稿があれば、実力のある出版社の編集者が先生の本を出すだろう。
 もう一人、先生が晩年に関係された女性のフリー編集者を知っている。彼女は私の記憶によると、4年ほど先生を伊那の家でお世話し、先生をテレビのドキュメント番組などでプロデュースした。先生は2度か3度、結婚と離婚を繰り返し、簡単に言ってしまえば女好きだった。書かれた著作の大半は、きわめてモラリスティックで質実剛健、世界と人間の法則を鳥瞰し得た日本有数の教養が感じられる内容だ。しかし、私は先生を聖人化してやまない人間であるが、先生と親しく関わった同じギョーカイ人女性に先生のことを尋ねたり、一緒になってサロンに加わったり、ご自宅にうかがうというようなことに遠慮があった。いや、この場合、遠慮深謀と書いたほうがいいかもしれない。
 先生の公的なパフォーマンス。それは大学での講義、研究室での教官と学生という関係、文学的な主催者による文学的な一般講演会、画廊での個展。加島先生は、あくまで学びの対象に留めておきたいのだった。
『いまを生きる』では、永井荷風の日記が引用されたり、李商隠の五言絶句が出て来たり、蘇東坡や朱子の詩を全文紹介したりと、縦横無尽な純度深い文学がちりばめられている。私は先生の随筆を、先生の声で聞きたいのであって、あくまで先生は遠い存在なのである。それは偶像崇拝に近い。
 山中湖に今年初めて来た、ってことをただ日記を記しておこう、という軽い気持ちで、ネットに繋がっていないスタンドアローン状態の古いノートパソコン(Macbook2009)を起ち上げたのだが、自分でも予期しない内容になってしまった。こんな個人的な走り書きを公開してもいいのかしら。
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