うちと材木座海岸を往復したら、iPhoneで示した距離は5834歩=3.8キロだった。正確には浜辺を数百歩くらい散策したので、海岸までの距離は1.6キロくらいか。
午後2時過ぎにラズリと散歩に出た。南の方角へ歩き出したら、風は強いものの存外暖かい。ずっと歩いていたくなって、海に着いた。今年初めての海だ。砂混じりの強風で顔が痛い。なんとか波打ち際まで歩いてみたが、さっさと撤退することにした。リードを離してみたが、ラズリも私同様、耐え難いらしく歩いて来た道のほうに引き返そうとした。空を見上げたら雲一つない快晴だったが、ところどころ砂塵が舞っていた。
帰り道、以前から少し気になっていた「路地」に入ってみた。その先には民家なのか神社仏閣なのか判然としない建物があって、そもそも勝手に他人の敷地に入っていいのかどうか迷うような処だった。
向福寺という時宗の寺らしい。
お堂というより粗末な民家風の建物に向かうと、玄関先に私より7、8歳年長の女性が立っていらっしゃった。しばしの間、軒の下に掲げられていた意味の掴めない「歌」を読み解いていると、話しかけられた。
「それはこの寺のご詠歌なのです」
お寺にご詠歌なんてあるんですね?
次の瞬間、彼女は唄い始めたのである。
ふかき夜の
ゆめにすくせし
わが身にや
さいはひにむく
しるべなるらん
呆気にとられた、というと大袈裟か。
ごく自然な成り行きだ。
目を瞑って聴いた。
鎌倉三十三観音巡りという巡礼があるそうだ。初めて知った。
向福寺は第15番所で、私がよく行く光明寺もその一つで第18番所だという。第1番から33番まで全てを歩いて参ると、3日かかるそうだ。
彼女からお寺の縁起だとか、おじいちゃんから聞いた昔の話などを聞いた。
建立されたのは南北朝の時代ですって。100年前は寺の周囲に家一軒もなく、唯一田んぼだけが広がっていたって。安置している観音様は古いものという以外私たちもよくわからないの。幸せの福に向かう寺だから、いい名前でしょ?
海で遊ばなかったから早く帰られるかと想ったが、結局、こんな風に道草をくって、1時間ちょっとの散歩になった。
夕方、昨日8割方見て中断した映画『ベティー・ブルー』の残り40分を観た。3時間を超える「完全版」なので、相当覚悟がいる内容だ。激し過ぎる愛と狂気の不条理劇。最後に向かうに連れてだんだんと観るのがつらくなってくる。比喩ではあるが、幾度か吐きそうになった。観るのをやめようかとさえ思った。
この映画をレンタルビデオ屋で借りたことがある。1990年の少し前だ。ビデオが発売されたとき、かなり話題になったし、しばらく間は目に付く棚に面陳されていた。しかし、最後まで観た記憶がない。たぶん半分くらいで止めてしまったんだと思う。
人生は残酷である。人生は孤独なものである。
こういう命題を掲げたドラマは、もういいかな。時代が残酷で孤独なものになってしまったんだから。
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