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2017年10月29日21:53

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願い事が叶う神社へ

 27日の金曜日、専任八幡宮の境内にいた。ことのままはちまんぐう、と読む。
 前日、掛川市のホテルにチェックインし、フロントの人に直截話法というより不勉強丸出しの馬鹿な質問をした。
「この近くに願い事がかなう神社があると聞いたのですが、それはどこにあるなんという神社ですか?」
 iPhoneでざっくりと下調べをしたのだが、長時間運転をしているうちに神社の名前さえ忘れてしまったのだった。枕草子(225段)に、「ことのままの明神、いとたのもし。」という記述があるくらいに平安の世から京の都でも有名な神社だったらしい。
 フロントで地図をもらい、専任八幡宮の在る場所にしるしをつけた。
 訪ねてみて最初に目に付くのが樹齢千年はあろうか、と思えるような大楠で、ご神木らしくしめ縄が巻かれていた。おとな4人が両腕を広げて手を繋いで一周、くらいの太さだ。
 どうしても叶えたい願い事があるわけではないのだが、こういう霊験あらたかな地に来ると、「そもそも私の願い事ってなんでしょうか?」「私って一体全体何者なんでしょうか?」と逆に問い掛けたくなる。
 本殿の前でしばらくの間、手を合わせ、「いつまでも考える葦であり続ける人間として生かせてください」と願い事をしてみる。近頃、考えるというのがだんだんと面倒臭くなっていて、時々生きること自体が面倒になった。自分の非力をひとのせい、社会のせいにするのは哀れであるが、なにもかもがテキトーという時代の風は私にとって逆風でしかない。
 書店で新刊を見たり手に取ったりしても、字組が幼稚だったり荒っぽい文章が並んでいたり、メールの件名がたとえ頼み事でさえも私が以前に書いたメールの「Re.」、という件名が当たり前になってしまったり、ウソ(フェイク)や中傷を平気で言うのが恥ずべきことじゃなくなった風潮は、接するたびに気が塞ぐ。
 本殿で神頼みをしたあと、旧�宜羸�を挟んだ対岸に奥社があることが分かったので、230段の石段を昇ってみた。このしんどさ、金比羅さんみたい(笑)。途中、栗のイガイガがたくさん落ちていた。秋だなぁ、という季節感を覚える。
 この日記を書く前に初めて知ったのだが、尊敬する鴨長明が京からこの神社に立ち寄って和歌を詠んだそうだ。
 またも来ん わがねぎことのままならば、しばし散らすな木々のもみじ葉
 ホンマかいな(^^)//゙゙゙
 色づいた紅葉は目に付かなかったのだが、同じような時期に鴨長明が訪ねたとは。
 小高い山にあった奥社で「これからもよろしくお願いします」と売れない芸能人の挨拶みたいな台詞を心の中でつぶやいて、神社を後にした。
 次に向かったのは、東海道五十三次で26番目にあたる日坂(にっさか)宿。
 2カ月ちょっと前に読んだ、東海道五十三次を25回に分けて歩いた久住昌之の『野武士西へ』という私的ルポが抜群に面白くて、昔の東海道に興味が湧いたのだった。
 無料で開放されている「川坂屋」という江戸時代の旅籠がある。が、開放されているのは土日と祝祭日だけ、と事前に調べていたのだが、訪ねてみると「掛川トリアンナーレ」のイベントが開催されていて、オープンしているではないか。とてもラッキーだった。
 いただいたパンフレットによると、1852年に起こった日坂宿大火のすぐあとに再建した江戸期の建物とのこと。
 地元ボランティアのおじさんにいろいろと話をうかがった。
 身分の高い武士や公家が宿泊した宿であること、18世紀からある伝統、西郷隆盛の一族の従道が物した書が現存することなどなど。
 出る時、「よかったらそこの柿を持って行って。庭で採れたもので、今朝捥いだ柿で、ひとつ試食したら甘かった」と言われたので、強欲にも3個もらった。帰宅後食べてみたら、完熟していて甘い。今のように砂糖が安価で簡単に買える時代では想像もつかないが、江戸時代まで料理や菓子を甘くするのは柿だった、と習った。庶民は柿の甘さくらいしか知らなかった、ということを想うと、なんだかこの甘い柿が愛しくて、あらためて今、旅籠にも神社にも感謝したい気持ちが募ったのだった。
 このあと掛川城へと回ったのだが、青空にそびえる城が月並みだけど美しい姿で、ここまで来た甲斐があったぁ、などとまるで対価を求めるような感動を得た。これ、少しいじましいけれど、小粋な芸者さん以上に粋な感じ! 個人的には姫路城や大阪城よりこちらのほうが好きだな。
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