ここのところアクティブになっている。金曜日は横浜へ、土曜日は上京して原宿へ。
多重人格と言えば言葉の響きが犯罪者の性格を表すみたいだが、賑やかな場所で快活に振る舞うのも自分らしさをそれなりに出せるし、自宅か狭いエリア内で引きこもったような暮らしも自分に合っている。柳田国男の「ハレ(非日常)とケ(日常)」の区分に従えば、大勢の人の輪の中にいるのは私にとってハレで、自宅や近所やお寺や図書館で過ごすのがケになる。ハレは週に1回もあれば十分で、ケだけでも生きていけそうな気もする。が、あまりに人や社会から離脱してしまうと、おかしな解脱=天上天下唯我独尊になってしまう。
土曜日、ある小さなイベント会場で、絵本の読み聞かせを1時間ちょっと拝聴した、というか、話者の浜島代志子さんは対話型で、私たち聴取者に「まず10歳の自分に戻って!」と呼びかけ、ええっとぼくが10歳の頃はなんて思い出そうとしているとさらに「では5歳に自分になってください」と洗脳させて、『はらぺこあおむし』を語り始めた。
ひとこと喋ってはわれわれに「これ、なーんだ?」と質問して前に並んでいる聴取者一人ひとりに尋ねるものだから、こちらも5歳の自分に環って答えざるをえない。イラストの一部だけを見せて「これ、なーんだ?」と隣に座っていた女性(35歳くらい)が指名されると、幼児の舌足らずの口調で「りんごぉ!」と答えるもんだから、ひっくり返りそうになった。で、次は私の番だ。見た感じそのままに「クリスマスに空を駆けるトナカイの鼻でーす」と答えたら、浜島さんから「よくできまちたね〜」と褒められた。あとの解説でわかったのだが、まずは子どもの立場になって想像し肯定することが大切なのだと言う。5歳の頃の自分に対する記憶はほとんどない。日本の教育では肯定する(される)ことを軽視し過ぎる。言っちゃなんだが、10歳くらいまではどこに行っても誰に会っても、否定されるか叱られるかばかりで、それによって社会や人間のルールはたたき込まれたものの心の大事な部分がいたく損傷されたように今は思う。10歳を過ぎてからは褒められることも時々はあったが、時すでに遅し。成績とか運動神経とか字が綺麗だとかは、もう自分でも世間比としてわかり始めているので、褒めることに児童教育的な効果はない。
イベント会場でたくさんの人と話をし、興に入れば名刺交換をし、会場を出たあとも友人とドトールでお茶をしたものだから、気分が昂揚したのだろう。若い女性が虫のように湧き出している原宿駅周辺の光景に、「東京は燃えている」と熱い感情を抱いた。が、山手線に乗ってもう一回「東京は燃えている」と心の中で繰り返したら、このフレーズはBRUTUSに載っていた中上健次のエッセイにあった一節をパクっただけのことで、このあたりで「ハレ」から「ケ」に自分は戻っていたのだった。
昨日の日曜日、ご近所のお宅を訪ねてみた。伝説的女優の実家で、大正期に建てられた洋館風の家だ。先週の木曜日、古びた木枠のガラス窓に、「N家の食器を売ります 50円」という貼り紙があって、3年ぶりに訪ねてみる気になった。付き合いがあるわけではないので、こういう機会でもないと上がれない。
玄関のベルを鳴らしたら、女優の妹・圭子さんが出てきて、「どうぞいらっしゃい」と言ってくれた。かつてはお父様の書斎だったであろう部屋には所狹しと食器が並べられている。
「ねえ、こんなカルタがまだ残ってるのよ」と圭子さんは言って、お父様が娘たちのために作ったカルタの束を私に見せた。
絵札の一枚を圭子さんは手に取って「あ、太陽の子は洋子ちゃん、という読み札だぁ」と笑顔で言った。で、絵札の束からその札を出してくれる。
私は女優のファンではなく、そんなにミーハーな人間でもなく、この古めかくて今にも朽ちそうな大正時代の瀟洒な建物と天然系な暮らしぶりの圭子さんに惹かれるのだった、お姉さんの話題をちらっと持ち出すのはただの方便でしかない。圭子さん65歳は驚くべき記憶力の持ち主で、食器の一つ一つについて、どんな風に使用されていたのか、いつ頃のものかということについても詳細に語る記憶とボキャブラリーをお持ちだ。それなりのルポライターが彼女をインタビューをしたら、さぞや面白い本にまとまるだろう。
お皿を何枚かと、鎌倉彫の小さな皿を1枚買った。
「その鎌倉彫、決して高価なものじゃないのよ。八幡様から3軒目だったかしら、XX堂(聞いた私が忘れた)って、ほらっ、間口のガラス戸が広いお店よ。○○さんがお店の奥でずっと彫ってたのね、当時。昭和40年頃の作品じゃないかしら」
ではいただいておこうかなと言うと、「それも50円ね。私のお豆腐代になるの」と真面目な顔でおっしゃられ、笑っていいものやら、聞かなかったふりをするのがいいのか、私は判断できないのだった。そのときはっきりと感じたことは、旅行に行ったら何か美味しい物でも買ってお渡しするのがいい、というシンパシー混じりの気持ちだった。昔むかしお邪魔した際に「イル・ド・ショコラ」のアイスクリームを食べている間はわたしにとって至福の時間なの、と聞いたことがあるので、甘い物がお好きなことは知っている。いや、それよりも前に2階のベランダにある水道の蛇口から水がぽたりぽたりと落ちているので、パッキンを替えてあげるのが先決か。しかし未経験の私がパッキンを替えられるだろうか? ネットで調べたらわかるはずだ……。
夜、風致保存会の果樹園でなった梅を買ったので、梅ジュースにした。冷蔵庫には昨年に作った梅ジュースがグラス2杯分ほど残っていたので、2倍希釈にしておそるおそる飲んでみた。砂糖を控えめにしているので、梅酢のように酸っぱい。でも体には効きそうだ。梅雨が終わるころには出来上がるので、この夏も疲れたら飲んでみよう。
今日も晴れた。朝夕、ラズリの散歩は快調だ。
青空が澄んでいるから、いろいろと不平や怒りが溜まってはいるものの空に免じて忘れちまえ、なんて思う。機嫌が悪くなりそうになると、掃除をするか散歩するか洗濯をすると、自分の場合は多少直る。
朝のワイドショーで、運勢が今日は最悪だと出ていたので、なにかにつけて慎重にしておこう。占いで悪い日の場合、だいたいは当たり前の教訓的なアドバイスがある。自分は日々、二つ三つくらい、箴言を頭に思い浮かべておかないと、失敗を必ずやらかすので、今日みたいな日はむしろ大きな間違いがない日になる。クルマに乗って買い物へ行きたかったのだけど、やめた。
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