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2017年04月02日21:02

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田澤稲舟と葉樹えう子

 かれこれ2週間ほど前、ブックオフで文藝春秋SPECIAL「もう一度日本を旅する」という2010年の夏刊行のムックを買った。A4判200ページ弱の活字系ムックで字がびっしり。永六輔、川本三郎、池内紀、高田宏、佐野眞一、椎名誠、福岡伸一などなど名だたる旅人(寄稿者)が原稿を寄せている。
 ネットで情報のつまみ食いをするような気分で、ちょっとやる気がなくなるとこのムックを開いて読んでいた。先人の教えはホント参考になります。
 敬愛する高田宏さんのエッセイは、先生が田澤稲舟の小伝を書くため鶴岡に行かれたときのことを綴られていた。明治28年12月の「文芸倶楽部」臨時増刊号に7人の女性作家が小説を発表していて、田澤稲舟は「しろばら」、樋口一葉が「十三夜」を書いている。
<稲舟の「しろばら」は、主人公光子がクロロホルムで眠らされて犯され、二日後、越後の海に死体となって漂っていた、という結末で、これが女の書くことかと人びとをおどろかせた。激しく暗い小説である。完成度は一葉に及ばないが、女性の自立を希求する主人公が、明治社会に圧殺されてゆくことへの激しい怒りを描いていた> <胸に暗い激情をかかえている、奔放な女性だったようだ。樋口一葉は、師の半井桃水への恋を断念した日の日記の余白に、「いな舟、稲舟、かの主羨まれ候」と書きつけている>
 高田さんは30年近いサラリーマン生活をやめたばかりの1984年1月、稲舟の郷里鶴岡を訪ねた。鶴岡の飲み屋で地酒を飲みながら食べたイカとアサツキのぬたについて書かれていたのだが、私は旅情以前に田澤稲舟という22歳で自殺した女性に興味を惹かれ、ためしに青空文庫にあった彼女の短編「五大堂」を読んでみた。放蕩な男とつましやかなお嬢さんが松島で無理心中するという、近松門左衛門の亜流みたいなネクラ小説だった。
 便利だな。と思ったのは、アマゾンで田澤稲舟を検索したら、葉樹えう子という詩人がタイトル『田沢稲舟』という小説集を1982年に出していることがわかり、中古本1円+送料257円で買える。
 その場で注文した。届いた本を見てみると、「田沢稲舟」伝は90ページで、他に著者の短編が4本収められている。今週木曜日から読み始め、まずは「田沢稲舟」を一気読みした。田沢稲舟は鶴岡の医院という名家で何一つ不自由なく育つものの、性格はかなり暗くてかつエキセントリックだったようだ。尾崎翠の小説に出てくる「頭の中がお花畑」なお嬢さんに通じる素っ頓狂さもあって、読むだけなら親しみの持てる女性だった。
 伝記であっても小説である。途中からだんだんと、この小説を書いている葉樹えう子という詩人に惹かれた。というのも、言葉遣いが巧みなら、人間の描き方も巧みで、驚くべき才女なのである。1918年山形県生まれで、山形県立楯岡高女卒と奥付上の経歴には書かれている。そして、昔の文学書にはよくあるのだが、現住所も記されていた。大宮市中川……。
「田沢稲舟」以外の短編を読むと、これがまるで昭和の田沢稲舟かと言えるほどに女の情念を書き込んだ内容で、悪く言うと私はすっかり毒気にあてられたような気になった。出て来るのは不幸な女、運のない男ばかりで、生きていく空恐ろしさが迫ってくる。短編でこれほどの不幸感を描くのは、並外れた才だ。田沢稲舟もへんなペンネームだと思ったが、葉樹えう子というペンネームはさらにその上を行く。もし葉樹さんが生きていらっしゃったとしたら99歳だ。私はこの小説集を読んでいる間、ある意味、葉樹さんに恋をしたといっても過言ではない。
 旅は一般的に水平移動することを指すが、こんな風に本を読んでいると縦軸、つまり時間旅行だって可能になる。『田沢稲舟』を読んでいる間じゅう、明治を旅し、昭和を旅した。写真や絵解きがない分、想像力はいや増して、最上川の支流や鄙びた温泉宿の玄関が見えてくる。今日、残り一篇の短編を読み終わったのだが、まだ頭が平成のいまに戻らない。
 旅に病んで夢は枯野を駆け巡る
 
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