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2015年12月24日15:22

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ただの冗談です(笑)

 昨日23日、今日こそ年賀状に取りかかろうと朝起きた時から自分に奮起を促す。
 まずは簡単な手紙を一通書いて、ラズリの散歩も兼ねて郵便局へ。定形外の可能性もあるので局内に入って受付窓口へ行くと、近くに用意されている長机の前で数人が年賀状にスタンプを押している。鎌倉中央郵便局はオリジナルの正月用図案を用意しているので、わりと多くの市民が活用している。
 私は毎年、年賀状の基本レイアウトをネットからダウンロードし、それを作りかえたり独自の案を付け加えたりしてプリントアウトしている。午前11時くらいから何百もの年賀状テンプレートを見て、これはと思ったテンプレはダウンロードして文章を書き入れたりしているうち、あっという間に2時間くらい経ってしまった。
 シンプルなデザイン、正月らしい定番、デザイナー色が濃い意匠、ユニークなアイデアのある作品。
 粗選びでダウンロードしておいたテンプレはどれもがそれぞれいいと思う。ゼロから自分が作れない出来映えだ。
 が、なぜか今年というか来年に向いて、そんな気にならない。「そんな」とは大袈裟だけど、いずれにしても型通りで、そもそも年賀状自体が陳腐化しているような傾向が毎年強まり、忌避感に近い感情がちらっと芽生えてしまった。明るい気持ちで年の初めてのお祝いを述べるような志向がいまの自分に合ってない気がしたのだった。
 だったら出さないほうがいいのか?
 そんなこともない。
 簡単な昼食のあと、本棚を前にしばしぼんやり蔵書の背表紙を眺めていた。三田誠広や池澤夏樹や白石一文、小池真理子さん藤田宜永さん夫妻……。いちばん目につきやすいところには最近読み終わった本に加えてサンカの研究書だとかソローの著作の他に、この何十年、ずっとつげ義春の漫画が当然のように飾ってあって、強いて言えばいまの気分はつげ義春だった。個々人とはずっとつきあっていたいがこんな社会とは絶縁したい。隔絶した関係になりたい。
 試しに『無能な人』や『ねじ式』をぱらぱら立ち読みしてみた。『つげ義春の温泉』を読み始めたらこれがやめられなくて、ソファーに座ってじっくり読むことにした。
 一枚の陰気きわわる「絵」を見て、これだな年賀状は、と冗談で自分に問いかけると、マジでやってみれば、と常識人としてのもう一人の私が答えたので驚いた。
 ボロ屋の集落に強風が吹いていて、そこの細い道を歩く老人の後ろ姿。私よりちょい上な感じ。私は貧民窟に住んでいないし、最近はボロ宿が激減したこともあって泊まることもないが、私の中に棲んでいる何人かの男の一人とよく似ているような気がする。正月飾りも可愛らしい猿のイラストもやめて、つげ義春の漫画をそのまま載せよう。
 パソコンで一枚ものの漫画をはがきサイズに収め、そこに「謹賀新年」印と「申」印を押すようなデザインにしてみた。これ、書くと1行だが、微妙な技がいくつも必要で、やり始めてみたら晩ご飯時になっても終わらない。途中、水木しげるさんの漫画なら時代性が付与されていいかと考えて、水木バージョンをささっと作ってみたり、もう一回まともな年賀状デザインに戻ってみたりと、寄り道を繰り返したので、余計に時間がかかっている。
 ようやく午後8時半くらいにつげ義春バージョンは一応完成。5枚も6枚も試し刷りをして(本物の年賀状ではなく切手を貼って出す用紙)、微妙な変化が楽しかった。
 入浴後、日記を書こうと思いながら、今上天皇の記者会見が朝日のデジタル版に全文収録されているので読んでみた。さらに報道ステーションで天皇誕生日の特集がありそうなので見てみた。
 日本中、上から下まで荒んでいる。人間もそうなら来年以降、美しい自然環境まで荒みそうな勢いだ。珊瑚の住む海は埋め立てられおいしい水が湧き出す山中が掘られる。そのことにNoと言うと政治的だとされ、おかしなことに非国民になる。
 いま最も非国民なのが今上天皇であろう。誕生日を控えた宮内庁での会見では半分以上が戦争の反省であり、報道ステーションでは天皇がいかに沖縄に対して今なお心を痛めているかという「内省」を長い時間にわたって検証していた。陛下ご自身が「内省」という言葉を遣われていた。
 高校の「倫理社会」は2年時にあった。教科書で習って何人かの哲学者に興味を覚え、この年、生まれて初めて「哲学書」なるものを読破した。いや、正確には哲学者であるルソーのエッセイで『告白』と『孤独な散歩者の夢想』だった。書いてあるのはルソーの内省である。内省の大切さである。期せずして、他人の内省を読むことに望外の面白さがあることを知った。
 昭和天皇は沖縄に対して「行けるものなら行きたいですなぁ」とボケ老人のような発言に終始し、ついに一度たりとも訪問しなかった。私が物心ついた頃、昭和天皇は内省力など微塵もないボケ老人で、日本の恥部だと見放していたのだが、今上天皇が70年前に遡って日々総括され安寧を願っている姿から、私は自分が間違っていたと思った。そんな気持ちからはしゃぐような日記は書けなかった。

 今日、庭に出て気が付いた。2週間ほど前、ポットに試し植えしたニンニクから芽が出て土から顔をのぞかしていた。干からびて腐りかけているようなニンニク片だったので、まったくの期待薄で、しかも急激に寒くなっているから、発芽なんてしないと最初から諦めていた。それだけに不意を突かれてめちゃ嬉しい。発芽するとわかって、さらに10個くらい育ててみようと、ポットに植えた。
 カレンダーを知り合いのおたくに屆けてお礼を言われ、銀行でお金をおろし、スーパーでパイナップルジュースなどを買い、空は快晴だ。
 年賀状、マジでこれでいいか? もう一晩考えて、結論を出そう。フツーの年賀状が無難なんだがや。
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