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2015年08月14日11:25

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関西のテレビって、8.14.015

13日、ハイヒールのはてな?は、高野山。弘法大師空海が開いた仏教の修行の地。奈良の東大寺もそうなのだが、若き僧侶達が仏教を学び修行を行っている。そのために参拝する人達は、脈動する仏寺と言う印象を持つ。ユネスコの世界遺産にも登録されて、海外からの参拝者も非常に多くなった。元から観光地ではなく、日本の仏教文化を肌で感じられる地として人気のようだ。日本にやってくる海外からの観光客には、お上りさん的な観光客ばかりではなく、日本文化に深く触れたいと願う観光客も増えてきている。そう言ったディープな日本の精神文化を知りたい海外の観光客に人気なのだそうだ。観光と言うのは、観光地を回って騒ぐばかりではない。最初はそう言う観光から入るのだろうが、日本に何度もやってくるリピーターの観光客は、もう、そんな観光を望まなくなる。奈良公園の鹿に対する態度で、その観光客の質が分かってしまう。何度も、奈良公園に来ている観光客は、鹿には、大して反応しないが、始めてだと異様に鹿に反応する。鹿をからかってバカ騒ぎをしてる観光客もいて、他の観光客に眉をしかめられている。奈良の鹿は、お上りさんか常連さんかを実によく見分けるので、鹿に無視されるようになると、その地に馴染んで来ている証拠だ。だが、場違い感は、観光客の免罪符なので、無理に常連を気取る必要もない。観光地は一見さんに親切だ。京都は、この点が他の観光地と少し違う。街には、一見さんお断りの店も多い。敷居の高い店に行ってみたい時は、ホテルや、観光案内所で、紹介してもらうと、スムーズに店に入れる。宿泊しているホテルの紹介だとお店も安心だ。ただ、そう言う店はお客さんにも作法があるので、それを知らない場合は、一見さんお断りの店には行かないほうがいいかも知れない。高野山もそうだ。やはり、参拝するには、それなりの心構えが必要になる。高野山には、幾つかの不思議な秘密がある。その一つが、壇上伽藍にある鳥居だ。明治になって神仏分離令が出され、神社と仏閣が分離されたのだが、それまでは、お寺と神社との共存が珍しくなかった。空海も、高野山を修行の地と定めた時に、神がその地に導いてくれたと言い、その神を祀るために先に神社を建てたのだそうだ。高野山の壇上伽藍には、三鈷の松がある。中国から空海が投げた三鈷杵がこの地の松に引っかかっていたと言う伝説の松が実在する。普通の松葉は、2本だが、その三鈷の松の松葉は3本になっている。その3つに分かれた松葉の枯葉を拾ってお守りとする人も多いそうだ。一の橋を渡り、奥の院へと通じる道の脇には、多くのお墓が存在する。戦国武将のお墓が集まっているのも特徴だろう。明智光秀や織田信長の墓があったりと、歴史好きにはたまらない場所となっている。途中にある中の橋の下を流れる川を金の川と言い、三途の川の隠語。三途の川を渡った先は、あの世となる。その先に、御廟の橋があり、一礼してから橋を渡っていく。御廟には、毎日空海の食事が運ばれており、それが1200年続いているそうだ。壇上伽藍には、未完成の部分が残されており、まだ完成していない姿となっている。意図的に完成させていないのだそうだが、この未完成感は、美術の世界でも非常に頻繁に出てくる。あのモナ・リザも未完成で、ダヴィンチが意図的に完成させなかったのではないか、とも言われている。未完成には、特別な精神的意味があるようで、研究してみるとおもしろいだろう。また、弘法大師の書である風信帖も書のお手本として有名だ。熊野の地は日本の神話の地でもあり、高野山は、仏教の聖地でもある。日本文化の精神的な拠り所となっており、精神世界を体感できる地として重要な意味を持っている。
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