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2015年08月01日09:55

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東京五輪エンブレム パクリ疑惑

東京五輪エンブレム、パクリ疑惑
 またまた大騒ぎ、今度は東京五輪のエンブレムがベルギーの劇場のロゴと似ていると指摘されて、騒ぎになっている。(王立かどうか気になったので調べてみたのだが、同じリエージュに、Opéra Royal de Wallonieが存在する。それを、Théâtre Royal de Liègeとも言うようで、くだんの問題となっているTHÉATRE DE LIÈGEとは、別の場所に存在する。関係があるのかないのか、はっきりとは分からない。しかし、王立の劇場となんらかの関係はありえるので、不遜な対応はやめた方が賢明だろう)東京五輪のエンブレムをデザインしたデザイナーはパクっていないと否定しているようだが、裁判になるかも知れないそうだ。
 絵画の場合はどうかと言うと、ある日本の画家が、イタリアの画家の作品をパクって、オリジナル作品として発表し、問題になった事があった。この時は、パクリが認定されて芸術選奨文部科学大臣賞が取り消しになった。非常に珍しい例だ。この日本の画家は、イタリア人画家と面識があって、イタリアのアトリエを尋ねている。その時に、作品を目にし、それを元にして描いた絵を日本で、自分の絵として発表したものだった。イタリア人画家の作品と本当に良く似ていて、どうして、こうもそっくりな絵を描いたのか理解に苦しむ。その後、多数の盗作が発覚。悪意のある盗作だとされて、所属団体から追放された。ここまで露骨な例は少ないが、日本であまり知られていない海外の現代画家の作品を参考にして絵を描く例は珍しくはない。過去の巨匠の絵画を参考にしたなら直ぐに分かってしまうのだが、現代絵画の画家となると、知らない場合が出てくる。そう言う作品も、ちらほろ散見されるが、悪質だと言えるようなレベルではない場合がほとんど。まあ、拝借してるな、とは直ぐに分かってしまうが。同じような表現を複数の人間が意図的に行なう場合もある。印象派の絵画や新印象派の点描、キュビズムの絵画もそうだろう。同傾向の絵画になるが、グループで行なう絵画運動で問題はない。くだんのパクリ認定された画家は、パクられたイタリアの画家の指摘が発覚の発端だった。自分の作品が盗作されたと主張。調査の結果、それが認定され、賞も剥奪された。東京五輪のエンブレムの場合はどうか。森喜朗五輪競技委員会長が、ネタ元のロゴをレストランのロゴと、リエージュ劇場をディスるような発言をして、またか、と顔をしかめた御仁も多いだろうと思う。選考する側のお偉いさんは、ほとんどこの手の知識がなく、周りにいる専門家任せになってしまっている。選択されたエンブレムのデザインは、日本的なデザインではなく、所謂日本のデザインだ。そこに違和感を持つ人もいるだろうが、日本のデザインは、けっして日本的なデザインを踏襲してはいないのだ。日本だからと、日本の伝統的なデザインを取り込む事を嫌うデザイナーもいる。一昔前にはそう言う考えの人達が沢山いた。意図的に日本の伝統的な匂いを消し去る方向性だ。それで成功すればいいのだが、逆に個性のないデザインになってしまっている。どこか、作られた感があって、人工的なデザインになる。これは、日本だけではなく、世界的な傾向だった。それが現代は変わりつつあるのだが、日本のデザインは、一昔前の硬いデザインがそのまま評価されて残っている。こう言ったデザインはあまり好きではないので、東京オリンピックのエンブレムにも興味はなかった。それが、パクリ疑惑が持ち上がり、おお騒ぎになってしまったので、改めて見る事になる。パクリかどうかは分からないし、裁判にでもなればはっきりするのだろう。ただ、日本のデザインも曲がり角に来ているのかな、とは感じる。今まで、意図的に伝統的デザインと関わらないようにしてきたように見受けられるが、それも限界だろう。日本の伝統的なデザインは、民族的な独自性が備わっていて、他の国には無いデザインになっている。日本のマンガやアニメが世界的に評価されたのは、他の国には無いマンガやアニメだったからだ。その分、受け入れられるには時間がかかった。寿司も同じで、魚を生で食べる食文化がなかったために、寿司が世界で受け入れられるのには時間がかかった。だが、今では世界でも人気の日本食になっている。知的所有権が世界的に注目されている現状で、民族的個性の無い、所謂、誰でも考えつくアプローチのデザインはかえって難しいのではないか、と言う指摘だ。寿司と言えば、日本の料理だと誰もが思うだろう。そこに強い個性があるからだ。強い個性を持った日本の伝統的デザインをどう取り込むかは、これからの大きな課題になるのではないだろうか。今回の東京五輪のエンブレムへの批判には、日本的感覚との違和感をもらす人が多いように思える。生活に根ざしたデザインではない、という指摘だが、デザイナーは、この指摘を重く受け止める必要があるのではないだろうか。
 追記
このブログを書いた時点では、リエージュ劇場の情報が非常に少なく、どういう経緯で建設されたのかが不明だった。日本語のWikipediaにはリエージュ劇場の詳細は載っていなかった。英語とフランス後でも検索してみたのだが、良く分からなかった。だが、後に日本語のWikipediaに編集が加えられ、リエージュ劇場の歴史が書き加えられていた。そこには、ベルギーの国王が創立した劇場である事が記されている。同じページに、日本の五輪エンブレムの模倣問題を取り上げているのだが、その内容の意味が良く分からない。おそらく、いろんな意図を持った人達が書き加えているようで、何が言いたいのか分からないようになってしまっている。Wikipediaは利用する人は多いかと思うが、参考程度にとどめておいた方が良いように思う。Wikipediaの記述全てが正しい訳ではない上に、いろいろ編集加筆されるので、内容が変わってしまう場合が多々ある。個人的な感想や個人的な感情が書かれてあったりと客観性に欠ける記述もあり注意が必要だ。
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