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2015年03月03日21:23

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心のてのひらに

 先週買おうと思ってすっかり忘れていた雑誌「サッカーダイジェスト」(特別付録J1&J2 選手名鑑付き)を朝食後、本屋へ買いに行った。昨年までは「サッカーマガジン」と「ダイジェスト」の2誌がJリーグ開幕直前号で全Jリーガーを紹介する名鑑が付いていたのだが、「マガジン」がWeb誌になってしまった。Macintosh誌も月刊で「MacFan」と「MacPeople」が出ていたが「People」が休刊し、事実上一誌になった。もはや雑誌は冬から春に移らないだろうな。選手名鑑は各クラブのHPに載っているが、雑誌と違ってちら見しながらテレビ観戦するには不向きで、紙媒体というのは人間の目にいかにクオリティが高いかということがよくわかる。
 今年は前期後期の2ステージ制に変更されるので、開幕ダッシュとかきつい夏場に照準を合わせて体力強化を図ったチームが予想外で勝ち進む可能性もある。その意味で弱いチームのサポーターにとっては面白くなった。
 ストーブのそばでサッカー誌を読み耽り、選手名鑑も興味のあるチームを選んで眺めていると、あっという間に2時間半が過ぎた。男子高校生に於けるエロ雑誌と同じで、興味あるジャンルの雑誌というのは半日読んでも飽きないものだ。
 次期日本代表監督については、バヒド・ハリルホジッチ氏(ボスニア・ヘルツェゴビナ)の名前が挙がって交渉をしていると先々週あたりから報道されているが、「ダイジェスト」の監督人事記事は2月半ばの入稿で、ミカエル・ラウドルップ氏(デンマーク)が有力という前提で書かれている。たぶん今週末くらいには決まるはず。サッカー専門誌の予想が当たればいいな。
 先々月、ランチをしたサッカーライターが「J2展望マニアック鼎談」に出ていて、「おおっ、海江田。おまえも偉くなったもんだな」などと冷やかしたい気分になる。こいつ、こちらが泣きたくなるくらいに真面目で貧乏でひとがいいものだから、海江田のためにも「ダイジェスト」がこの先5年10年と月2刊が続ければいいなと願う。といっても、オレはそんな熱心な読者じゃないのだが。
 
 昼を過ぎて少し暖かくなってきたので、先週手に入れた自転車をいじりたくなった。まだ駆動部でも最も重要なチェーンやギアに付いている錆は完全に落とせていない。5キロくらい走って錆が浮いてきただろうから、錆落としと歯ブラシ、自転車用オイル、ウエスなどを携えて、自転車置き場へ。 
 ママチャリに毛の生えた程度の自転車で、性能もデザインもあったもんじゃないのだが、丹念に手入れをしていると愛情が湧いてくる。右側のペダルが一部破損していて、しかし乗れないこともないのだが、可愛いペダルでも買って交換してみようかな。しかし千円で本体をゲットしてそれを上回る額をいきなり使うのもどうかな……、と悩ましい。
 あ、そうだ。こんなことをしている場合じゃない。今日はご近所さんからいただいた夏みかんでマーマレードを作る予定だった。まだ午後4時だ。日のあるうちにマーマレードを作ろう。
 自宅に戻ったら、何通か郵便が届いていた。そして一冊、本が入った封筒もあった。日曜の夕方、アマゾンで注文した中古本だ。とその場で思ったが、今日届くはずがない。中古本の場合はメール便ゆえ、3〜4日後に着くのが普通だ。
 厚封筒の中にあったのは詩集だった。
 数々の文学賞を受賞した女流作家にして詩人、1950年3月8日生まれ2014年8月30日逝去。
 奥付を見たら2015年3月8日発行とある。彼女が生きていたとしたら65回目の誕生日だ。編集者のならわしで、カバーをめくって表紙をみた。次に全体の構成を知りたい固めにページを繰ったら、通常目次が最初にあるはずが、最後のほうにある。そして版元の手による短い説明書きがあった。

 2014年8月19日、稲葉真弓さんから書簡と詩の原稿を受け取った。書簡には重篤な病状に触れながら、これらの原稿を一冊の詩集にまとめてほしいとあった、本詩集は、ほぼ稲葉さんが構想されたプランに従っている。原稿以外に、あらたに収録した作品は、『青焔』に発表された「白と黒についてわたしたちが話したこと」「受粉の日」の二編である。
 書名は「3.11の祈りが通じる 心のてのひらに納まるような一冊」という書簡のなかの稲葉さんのことばによった。
 2014年3月8日、『連作・志摩 ひかりへの旅』を上梓した。この日は稲葉さんの誕生日。本詩集も、1年後の3月8日を発行日とした。
              (以上、数字表記を算用数字に直した以外、原文ママ)
 
 初出をみたら、すべての詩が2011年3月11日以降の作品だった。
 最初の詩「白い花」から読み始めた。私は、頭の中で音読していた。
<いま地上には三月の光がさしていて なにごともなく しかしなにかがわずかに変わっていて 創世記のページの裏側を歩いているようです>
 このような、想念の情景を言葉に置換して紡ぐ、構成された詩集というのは、たぶんどんな人が読んでも、意味を十全につかみ取りたいという気持ちがある限り、音読するものだ。
 詩はすべて震災に寄ったものだった。そして、日々やつれ衰えついえて行く自分自身の、ぎりぎりの思いだった。
 日が暮れる寸前まで詩を読んだ。泣きたいくらい、詩人の気持ちがわかった。
 詩のなかに原発事故で生まれた言葉=ミリシーベルトという用語が2回出ている。彼女は悔しかっただろう、このような汚い、触れたくもないカタカナ文字を使わざるを得なかったのは。私はわかる、彼女のような美文家が決して使いたくない、いやな響きだ。
 
 夕飯をはさんで夕刊を広げると、池澤夏樹の月イチコラムが掲載してあった。
 国道6号線が全線開通したので、彼はレンタカーで走ってみた。そんな話だ。
 最後のほうで、こんな一段落があった。

 人の記憶にも半減期がある。問題はこの心理的な半減期が放射性物質の物理的なそれよりもずっと短いことだ。

 震災ではなく、事故から1カ月くらいが過ぎた頃、池澤は海外の詩を紹介し、自らも詩を書いた。
          『春を恨んだりはしない』。
 私は震災の日の衝撃とともに、池澤が嘆き哀しんだあの連載エッセイを忘れはしない。文学には大きな力がある、ということを久々に思い出させた一文だった。
 ときどき、「もー、いいかな。原発が再稼働しても憲法が改悪されても」などと自棄的になってしまうが、そのたびに文学は「Non!」と背中を叩く。
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