年賀状なんてぱぱっと表裏ともプリントアウトしたらいいだけの儀礼だ。
というような割り切り方が出来ないので苦労している。1行か2行、書き添える文言を考えるだけで、相手が尊敬する作家さんだったりした5分10分とかかってしまう。今年書かれた作品に触れようか、近況を伝えようか。古いパソコンで動画を見るときに読み込む時間と同じでそんな自分がうざくなる。
いや、相手がどうあれ、考え込んでしまう。これは自分の長所でもあるし、短所でもある。慎み深さは必要だが、だいたいに於いて思い切りの悪さに繋がる。
30枚を書いたところで本日はギブアップ。
歯が痛くてごはんがうまく食べられない。空腹感は不思議とない。が、何をするにも大儀だ。ラズリの散歩をさせようと思っても5分くらいフリーズ状態が続いてようやく腰を上げる、という風だ。
先々週にゲットした加藤和彦の『優雅の条件』を読んだ。極上生活至上主義者とでも言うべき加藤さんのスタイルは、自分にとって耳が痛いところが多々あるが、何事に対してもアメリカ人がしばしば使うところの「クール」さ持つことは自分という人生劇を演じるために必要不可欠な姿勢だと思う。たぶん加藤さんのような人生美学は、2010年以降の貧しいニッポンでは過去のロマン主義でしかなく、それがわかっていたから2009年の秋、彼は自殺してしまったのだろう。
無理をしてまで生きることはない。無理をしてでも生きよう。
加藤さんは前者だ。一般的な考えとしては後者だ。
私はそのちょうど中間に位置しているから本人的にはしんどい。
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