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2020年01月14日12:52

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本棚243『あ・うん』向田邦子(新潮文庫)

 美しい音楽と映像を背景に、男同士の友情と相手の妻への秘めた恋心、三人の揺れる心理を描く、高倉健主演の映画『あ・うん』は大人向けの上品な名作である。
 向田邦子の原作を読んでみて気付いたのは、登場人物やエピソードが大胆に絞られている点。それによって映画はすっきりとまとまったものになっているが、原作はより生々しい情念のようなものが感じられた。
 
 日中戦争の軍需景気で羽振りがよく、男ぶりもよい会社経営者の門倉修造と、地味な一介のサラリーマンの水田仙吉。二人はあらゆる点で対照的だが、若い頃に戦友となって以来、あ・うんの狛犬のように言葉はなくても気持ちが通じ合う無二の親友である。
 門倉は水田の妻たみに対し愛と言ってよい想いを密かに寄せるが、気持ちが外に表れるのを堪え、水田もたみもそれに薄っすらと気付きながらも触れることはない。崩し将棋のようにいびつだけれど、微妙に保たれている均衡。一つの駒をカタンと鳴らすと崩れてしまうかもしれない危うさ。

 忍ぶ大人の恋とともに、水田の娘さと子の情熱的な若い恋が描かれる。雪の晩、応召され死地に赴く恋人がさと子に別れの挨拶に来た時、門倉は水田の反対を押し切り、今晩は一晩中そばにいなさいと、さと子を送り出す。門倉は自身の恋が決して実ることのないことを知っているからこそ、さと子が「この一晩を、私は一生だと思いました。」と言う想い出を渡してあげたかったのだろう。門倉を演じるのは、高倉健しかいないと思えた。
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