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2023年07月30日05:14

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『佐々木眞詩歌全集』

2023年6月、らんか社刊。

マイミクのあまでうすさん、すなわち佐々木眞さんが途方もない著作を刊行された。書影をごらんいただければおわかりの通り、電話帳ってこのぐらいのボリュームがあったっけ? となつかしく思うような書籍である。全631頁。全篇横組み。使われている用紙もエコノミカルなクラスのものだ。そこに、これまでに彼がネット上に記してきた詩やエッセイや短歌が数多数多掲載されている。

タイトルに「詩歌全集」とあれば、例えば『永井陽子全歌集』の如く、これまでにいくつかの詩歌集を刊行されてきたところその集大成の一書、と普通は思うところ、佐々木さんの場合はさにあらず、いきなり「詩歌全集」を以てのデビューなのである。先ずその意匠のスケールとユニークさに読者は感嘆し、どれどれ…と読み始めることになる。

興味のおもむくままに頁を開いて、そこに記されている作品を読む、という読み方でもよいのだろうが、僕はこの一書を毎朝10ないし20頁ずつ、朝の勤行のようにして順次読み進めることにした。そうすると、なぜかその勤行の後に始まる一日は、身心自在に暮らせる気分になるのだった。そんなところもこの一書の功徳と言うべきなのだろう。

例えば横須賀大滝町のキシモト歯科とか、滑川のウナジローとか、息子のコウ君とか、ネット上で彼の作品に接してきた者にとってはおなじみの題材があちこちにある。「それにしても、横須賀に行くと、詩が闇雲にできるのは、なぜだろう?」などと記されているくだりもあって、横須賀の住人としては意外や意外のありがたき土地褒めなのだが、思うに人を殺すための艦船が集結する軍港を抱える地は、かえって何か尋常ならざる力を詩人にもたらすところがあるのかも知れない。

川井怜子さん(マイミクのとこうさん)の一首によって作られた詩の頁にはその旨の注記があり、その末尾に「どうもありがとうこさん」と書かれているのだが、これはmixiでとうこさんとあまでうすさんの双方の記事を読んでいる僕のような者だけに通じる洒落だろう。という具合で、あるいは僕にはよくわからぬままのこの種の仕掛けが、なおあちこちにあるのかも? と思ったりした。

「ALMOST YELLOW−雲古蘊蓄譚」という作品では、ウンチをどうするこうするという話が次々に書かれていて、人工肛門閉鎖後の排泄障害により今なおウンチに悩まされている僕のような読者は、まことに痛快な一連と思って読んだのだった。

なお、本書のタイトルには「ミロより優しく、ゴッホより激しく、ピカソより純真」という前置きの惹句が付されていて、この手のコピーは編集者が付けるものなのだろうと思ったら、これまたさにあらず、末尾の著者略歴によれば「神奈川県域自閉症児者親の会」が主催した“自閉症児絵画展”のために考案されたものだそうで、この惹句の紹介ののちに「ああ、私にも、そんな詩が書けたらいいのになあ!」と綴られた作品も本書の中ほどに置かれている。

文人という言葉はもはや死語だろうと思っていたが、ここに一人の文人がまぎれもなく存在している。読後そんな感想を抱いた書物だった。もっとも〈初めてのデモは砂川基地なりき滑走路囲む鉄条網〉以下、60年代左翼の運動を1944年生まれの佐々木さんも経験してきたんだなあ、と了解される短歌一連もあり、その心意気は引き続き「障碍者ホーム入居者に対する市独自の家賃補助」を鎌倉市に陳情した(という経緯も作品中に書かれている)、というような物言う市民としての活動に引き継がれていて、ひねもす書斎に籠っているような文人のイメージに嵌ってしまうこともないようだ。

ところで僕はこれまで佐々木さんがネット上に書かれてきたものを読んで、一点、違和感を抱いてきたことがあった。彼は文中あちらこちらで何らかの表現者に言及する時に、「〇〇選手」という言い方を愛用する。例えば岡井隆さんに言及する時は「岡井隆選手」というように。この「選手」に僕はひっかかるところがあったのである。「選手」はフィールドでプレイする者の謂だろう。それなら「〇〇選手」と呼ぶ者は何処にいるのかと言えば、フィールド上ではなく、安全な観客席にいるのだ。その場所に身を置いている限り、「〇〇選手」について好き放題言っても、言った側は傷つくことがない。その位置取りはいかがなものだろう? と思うところがあった。(ただし佐々木さんは本書でも例えば鈴木志郎康さんやさとう三千魚さんは「さん」づけで書いていて、鈴木選手、さとう選手ではない。心底リスペクトする相手はフィールド上ではなく高みに存在している、ということなのだろう。)

しかし、この一書の刊行によって、事情は大きく変わった。佐々木さんは、晴れて佐々木眞選手としてフィールド上にデビューしたのだ。この先は、佐々木選手もまた批評される側の立場に身を置くことが多々あるだろう。歌詠む者は、一介の投稿者に留まらずに結社や同人誌のメンバーとなれば、歌会などの場でいやでも選手としてプレイしなければならない。傷つくこともあり、あるいは傷つけてしまうこともあるが、そのやりとりが自らの養分となる。佐々木選手もまた、今後さまざまにその養分を吸収して、いっそう大きな表現者へ自己形成してゆくことになるだろう、と期待したい。

という次第で、佐々木眞選手の誕生をわたくしは衷心よりことほぐものである。

※書影は佐々木さんのフェイスブックより。自立せよ一篇の詩歌全集! いや、そう言われなくても自立しとりますわ、というわけで。^−^:


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