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2018年06月07日00:59

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調和への入場券

この事件、一昨年まで住んでいたアパートから歩いて一分もかからない場所で起きた事件だということもあって、いろいろと「生々しく」感じてしまうものがあるのだけど、やはり、僕としてはどうしてもイワン・カラマーゾフの「反逆」を思い出してしまう。

「かわいそうな五つの女の子を、教養豊かな両親はありとあらゆる手で痛めつけたんだ。理由なぞ自分でもわからぬまま、殴る、鞭打つ、足蹴にするといった始末で、女の子の全身を痣だらけにしたもんさ。そのうちついに、この上なく念のいった方法に行きついた。真冬の寒い日に、女の子を一晩中便所に閉じ込めたんだよ。それも女の子が夜中にうんちを知らせなかったというだけの理由でね(まるで、天使のようなすこやかな眠りに沈んでいる五つの子供が、うんちを教える習慣をすっかり身につけているとでも言わんばかりにさ)、その罰に顔じゅうに洩らしたうんこをなすりつけたり、うんこを食べさせたりするんだ、それも母親がだぜ、実の母親がそんなことをさせるんだよ! しかもこの母親は、便所に閉じ込められたかわいそうな子供の呻き声が夜中に聞こえてくるというのに、ぬくぬくと寝ていられるんだからな! お前にはこれがわかるかい。一方じゃ、自分がどんな目に会わされいるのか、まだ意味さえ理解できぬ小さな子供が、真っ暗な寒い便所の中で、悲しみに張り裂けそうな胸をちっぽけな拳でたたき、血をしぼるような涙を恨みもなしにおとなしく流しながら、《神ちゃま》に守ってくださいと泣いて頼んでいるというのにさ。お前にはこんなばかな話がわかるかい。……いったい何のためにこんなばかな話が必要なのか、何のためにこんなことが創り出されるのか、お前にはわかるかい! これがなければ人間はこの地上に生きてゆくことができない、なぜなら善悪を認識できなくなるだろうから、なんて言う連中もいるがね。いったい何のために、これほどの値を払ってまで、そんな下らない善悪を知らにゃならないんだ。だいたい、認識の世界を全部ひっくるめたって、《神ちゃま》に流したこの子供の涙ほどの値打ちなんぞありゃしない んだからな。俺は大人の苦しみに関しては言わんよ。大人は知恵の実を食べてしまったんだから、大人なんぞ知っちゃいない。みんな悪魔にでもさらわれりゃいいさ、しかし、この子供たちはどうなんだ! ……たとえ苦しみによって永遠の調和を買うために、すべての人が苦しまなければならぬとしても、その場合、子供にいったい何の関係があるんだい、ぜひ教えてもらいたいね。……あの涙は当然償わなけりゃならない、それでなければ調和もありえないはずじゃないか。しかし、何によって、いったい何によって償える? はたしてそんなことが可能だろうか? 迫害者たちが復讐されることによってか? しかし、俺にとって復讐が何になる。なぜ迫害者のための地獄なんぞが俺に必要なんだ。子供たちがすでにさんざ苦しめられたあとで、地獄がいったい何を矯正しうると言うんだ? それに、地獄があるとしたら、調和もくそもないじゃないか。……俺は調和なんぞほしくない。人類への愛情から言っても、まっぴらだね。それより報復できぬ苦しみをいだきつづけているほうがいい。たとえ俺が間違っているとしても、報復できぬ苦しみと、癒されぬ憤りとをいだきつづけているほうが、よっぽどましだよ。それに、あまりにも高い値段を調和につけてしまったから、こんなべらぼうな入場料を払うのはとてもわれわれの懐ではむりさ。だから俺は自分の入場券は急いで返すことにするよ。正直な人間であるからには、できるだけ早く切符を返さなけりゃいけないものな。俺はそうしているんだ。俺は神を認めないわけじゃないんだ、アリョーシャ、ただ謹んで切符をお返しするだけなんだよ」(ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』)

結愛ちゃんの「ゆるして」はイワンの語る女の子の「神ちゃま」と同じものだと思う。子供の言葉。その懸命の発語。これは言葉の叙情的機能において最も純度が高い。まして、5歳の子供にとって、親は世界のすべてであり、ほとんど神も同然の存在である。そんな関係において、ギリギリの言葉=祈りを踏み躙るような扱いをされたとき、子供の心はどうなるだろう。心からの祈りが通じない世界、言葉が言葉としてまともに機能しない世界――それは人間にとって最も絶望的な世界だと思う。芽生えかけた幼い言語世界が破壊され、死の間際の結愛ちゃんの眼前には訳の分からない不条理としての世界が広がっていただけなのではないだろうか。そんな救いのない死、あるいは死のみが逆説的な救いであるような状態に子供が追い込まれてしまうような世界、たしかに、そんな世界にはイワン・カラマーゾフの言うようにどんな「調和」がありえるのだと反逆したくもなる。

■「ぜったいやらないからね」死亡した結愛ちゃんのノート
(朝日新聞デジタル - 06月06日 18:36)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5143951
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