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2015年12月07日17:21

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ブライアン・ウィルソンの「最終章」



来年の4月、ブライアン・ウィルソンが来日する。しかも『ペット・サウンズ』完全再現公演ということである。僕は『スマイル』より『ペット・サウンズ』に思い入れがあるし、そもそもソフトロックの宗徒として、やはりご本尊の来臨に一度は詣でておくのは、いわばイスラム教徒が一生に一度はメッカに巡礼しなければならないのと同じくらいの、神聖な義務だろう。年齢的に、これが最後の来日になる可能性も高い。

今年の四月に出たブライアンの最新アルバム『ノー・ピア・プレッシャー』は、本当に、神々しいくらいに素晴らしいアルバムで、僕はブライアンのソロ史上の最高傑作だと思っている。正直、2012年に出たポール・マッカートニーの最新アルバム『NEW』より、『ノー・ピア・プレッシャー』の方が遥かに上だと思う。現状、レコーディング・アーチストとしてはブライアンがポールを圧倒しているというのが僕の私的見解。ただし、2013年の来日公演を観た限りでは、ライヴ・パフォーマーとしてのポールは現在、生涯何度目かの絶頂期にあり、現在のポールに対抗し得るだけのライヴをブライアンとそのバックバンドが披露してくれるかどうかが、個人的には目下の関心。『ノー・ピア・プレッシャー』では、ブライアンも若々しいヴォーカルを聴かせてくれていたけど、あれをライヴでどこまで再現できるかが、鍵である。『ノー・ピア・プレッシャー』では、ブライアン以上にアル・ジャーディンが力強く若々しいヴォーカルを聴かせてくれて、それがアルバム全体にエイジレスな溌剌とした煌めきを与えていた。今回来日するブライアン・バンドには、アル・ジャーディンも参加するそうなので、アルのパフォーマーとしての能力の高さからいって、おそらく相当のライヴが期待できるだろう。

村上春樹は『意味がなければスイングはない』で、2002年にハワイで観たブライアンのライヴの感想を次のように書いている。

「ブライアンの身体の動きにはどことなく不自然なものがあるし、ステージ上で彼はほとんど椅子に腰を下ろしたままでいる。長く続いた荒廃した生活は、彼の中の何かを確実に破壊してしまったように見える。そしてその声には、若いころのあのスイートな張りはない。多くの貴重なものが失われてしまったのだ。しかしそれでも、ブライアンの歌は確実に、聴くものの心を打つ。そこには人生の「第二章」だけが持つ、深い説得力がある」(村上春樹『意味がなければスイングはない』)

村上春樹がハワイでブライアンのライヴを観てから、さらに13年の歳月が流れた。やや不謹慎かもしれないが、統合失調症からの復活を遂げた「第二章」も過ぎ、すでにブライアンのキャリアは「最終章」に入っていると思われる。そして、そのような最終章(レイトワーク)だからこそ到達できる境地を、最新アルバム『ノー・ピア・プレッシャー』は開示しているように僕には思われる。「ラスト・ソング」という楽曲で幕を閉じるこのアルバムは、遠からず訪れるであろう永訣の瞬間を見据えながら、その永久の別れをも前もって祝福するような心境に達した者にしか作れないアルバムだと思う。50年代に誕生した時には若者の享楽と刹那の衝動の讃歌であったロックンロールを、ブライアンは老年にまで及ぶ波乱に満ちた弛まぬ活動によって人生を通じて聴き続けることのできる音楽へと変えた。ロックンロールという音楽を狂気や闇の部分までも包摂した上での人生そのものへの讃歌へと変えた、そんな人生の「最終章」を飾るライヴで、ブライアンはどのような歌声を聴かせてくれるだろうか。

――ということで、やはり来年のブライアンの来日公演は、万難を排して参拝しなければなるまい。


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