月月月月月月とつらねれば梯子を登って月へ行けそう 井上鈴野
…読売２０１６．３．２８。しまった！この歌は画面上横書き表示では面白さが伝わらない、と気づいたが、せんかたなし、「月」の字六つが縦に並んでいるさまをご想像ください。なるほど、こういう手もあったか。ユニークな見立ての歌だ。新聞歌壇にては詞書は付けられないが、もし詞書を付けることができる場だったら、「月への梯子」とかいう詞書を付けて、「月月月月月月月月月月月月月月月月月月」というのはどうだろう？ ちょっとワルノリしすぎかなー？ ^ ^:
私の排泄物が私より遠くへ旅をする新幹線 奥村知世
…日経２０１６．４．３。なるほど、と一読納得する気づきの歌、というか、発見の歌。初句は「わたくしの」と５音で読みたい。とすれば３句も「わたくしより」だろう。「わたくし」というかしこまった言い方によって、ユーモアの度が増すように思う。そう言えば島田修三さんの歌で、「奥村晃作風に」という詞書があって、「右テールランプ点滅させつつ曲りゆく車の列に左折車はない」というのがあったが（『東海憑曲集』）、この「私の…」も「奥村晃作風に」という詞書があっても似合うかも…、などと思ったら、作者はなんと「奥村」さんで、ウフッと笑ってしまった。
「ほなさいなら」「せなあかん」などを聞いた夜アルミホイルはおしなべて銀河 九螺ささら
…同上。この歌は作者の居住地が「神奈川」である、という情報とともに読むべき歌だろう。関西へ旅をした時の歌だろうか。たしかに「それじゃあ、さようなら」よりは「ほなさいなら」の方が極上の俗に近いだろう。そういう言葉にまみれた一日が終っての夜、俗のモノだと思っていたアルミホイルがことごとく銀河のような輝きを持つ清らかなものに見えた、という感覚。実に微妙な感性で、一歩踏み外すと関西弁に対する東方の者の偏見、みたいなつっこみが入りそうなところ、上手くそのへんをすり抜けているのではないかと思った。
初弓の弦引きしぼり小さき的が大きく見ゆる瞬間を待つ 松井和治
…読売２０１６．４．４。なるほど弓を射る者の感覚はこんな風なのか、と感心した。しかも「初弓」であるから、いっそう身心の引き締まる場面だろう。３句の「小さき」は「ちさき」と読んだ。「ちいさきまとがおおきくみゆる」だと、３句・４句ともに“４＋３”で韻律が緩んでしまい、一首の内容にそぐわなくなるように思ったからだ。
わが身まで何故痛むかと戦きて転びし吾子をしっかりと抱く 徳山麻希子
…同上。先日の記事（「短歌人」の誌面より（９５））で引いた西橋美保さんの「ははははは」の母とは対照的に、徳山さんはまさしく母なり、という歌。普通われわれは「わが身」はわれの所有物だとかいうふうに思い込んでいる。が、時に、咄嗟の反応として、他者の痛みがわが身の痛みとして現れることがある。身体をめぐる哲学では“共同的身体”などと言う。その場面を如実に写し取った一首だ。あれ？！ なぜわが子の痛みがわが身の痛みとして現れたのか？ と不意を突かれ、常識に反することが起きたのでおののいたのである。結句「しっかりと抱く」まで言わずに一首にした方がよかったかも知れないが、印象に残る歌だ。
小さな子ツィゴーツィゴーとブランコを揺らす無人の公園、僕だ 安西大樹
…東京２０１６．４．１０。岡野弘彦さんに代わって新たに東京歌壇の選者になられた東直子さんの選の欄より。なるほどあの音は「ツィゴーツィゴー」だが、このように文字化したひとは初めてなのではないだろうか。もしこれが映像作品だったら、夜（とは書かれていないがどうしたって夜だろう）、無人の公園のブランコに幻のように一人の男の子が乗っていて、ブランコを漕ぐ音がする…といった場面になるだろうか。そうだ。あの子は僕だ。かつての僕だというよりは、いま、僕はまさしくあの子のようであるのだ、という感じ方なのだろうと読んだ。公園のブランコというのは数限りなく詠まれてきたアイテムだろうが、たぶんこの歌は類歌が見当たらない歌なのではないだろうか。
洗濯機に後一分の表示出づ我が来し方の回顧に足りる 須崎輝男
…読売２０１６．４．１８。「一分」を言うのに洗濯機の「後一分」を持ってきたところがユニーク。たぶん脱水槽の表示ランプだろう。その「一分」でわが来し方は回顧され得るのだというのだが、自虐のテイストは帯びていないように感じられるのは、やはり「洗濯機」が効いているのだろう。よもやま話風に「自分史」とかを書くなら長くなるかも知れないが、ハイライトとして嬉しかったことひとつ、悲しかったことひとつ、恥ずかしかったことひとつ、以上、というようなふりかえり方だってできそうだなあ、と思う。しかり。まことに一分をもって足りる。
【最近の日記】
吉田隼人歌集『忘却のための試論』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952110981&owner_id=20556102
歯科治療の技術は進む
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952064556&owner_id=20556102
「短歌人」の誌面より（９５）
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952005435&owner_id=20556102
ログインしてコメントを確認・投稿する