障碍者だけでもない。元は無神論者、70年代に福祉会にいた人が後に宗教団体に夢中になった例を2人知っています。どちらも教主格の人を仏として拝むなど、変ですが、社会的つながりはできる。気持ちわかります。今はだれも社会的つながりは難しい。人間が外出する最大の理由もそれかもしれない。福祉や身障会では社会的つながりは無理なことは僕も早くからわかっていて、それで例の教会に行きましたが、他の教派とは交流せず、内部は明治からケンカばかりのところで、さらに孤立。洗礼の時の入門書にカトリック、プロテスタント両方を非難して述べており、失敗だったと早くも気が付き、教会を絶対視しない教派に行きたいと思いました。40年経て願いが叶うかもしれませんね。
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