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2024年03月24日05:03

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「短歌人」の誌面より(186)

2024年3月号より。

獄中に短歌をつくることのない人生だった いまのところ  魚住めぐむ

…巻頭の「よろしく」12首の7首目。獄中詩人や獄中俳人と言われるような方々もおられるのだろうが、やはり馴染みがあるのは獄中歌人という語だろう。朝日歌壇に投稿を続けて注目されていた坂口弘、郷隼人などの作者名が想起される。われは短歌をつくっているが獄中でという経験はない、と詠まれて一字アケの後「いまのところ」の6音が呟きのように付け加えられる。この結句がこの歌の読みどころだろう。あるいはこの先われも捕えられて獄中の身となることがあるかも知れない。そんな不穏な世の中である。もしそんなことがあったら、われはなお獄中で歌をつくるだろう。という次第で、極私的呟きのように響くフレーズの奥底から時代への批評が、そして歌人としての矜持が響いてきて印象に残った一首だ。

ゆふぞらに六日のほどの月かかり小学生ふたり塾へ行くらし  時本和子

二の段をさらひつつゆく二少女はスイミングスクールの帰り道  寺阪誠記

…ベテランの時本さんと若手の寺阪さんが期せずして似通った題材の作品を詠まれていて、この2首に注目した。時本さんの歌は、月が画角に入っているので、斯く詠んでいるわれは小学生ふたりとはやや距離のある位置で、おそらくふたりを見下ろすような所にいるのだろうと思われる。ふたりは何かお喋りをしているのかも知れないがそれは聞こえてこない。しかし、例えば「N」と書かれた日能研のリュックを背負っているかして「塾へ行くらし」とはわかるのだろう。夕空の「六日のほどの月」はわれの視野には入っているが、ふたりはそれを見上げたりする余裕はないのだろう。一方、寺阪さんは二少女が二の段をさらっていると詠まれているので、ごく近くの位置にいるのだろう。上の句は「二」の頭韻という小技を決めて、続く下の句はあえて句切れば「スイミングスクー/ルの帰り道」という句跨りになるのだろうが、意味のある句跨りとは思えないので、この歌は5・7・5・15という作りで読むのがいいのではないかと思う。

これでもかと日本列島舐め尽くす悪魔の舌に震える正月  犬伏峰子

空が泣く壊れた家を雪が抱くテレビに見入る何もできずに  戸川純子

…3月号の締切は1月12日だったので、元日の能登の地震を詠んだ作品があちこちに掲載されていた。東日本大震災の時にも感じたことだが、テレビの報道をそのまま詠んだりすると、作者としては切実な歌を詠んだつもりでも大同小異の作品が並ぶという結果になってしまう。このあたりが時事詠の難しいところだろう。その中で上記2首は大同小異の作品群から抜け出していて印象に残った。犬伏さんは列島を舐め尽くす「悪魔の舌」を見た。この悪魔はつねにすでに列島を狙って潜んでいるだろう。戸川さんはテレビの映像を見て詠まれた一首だが、初句〜3句の嘆きの表現が劇的で、結句「何もできずに」の思いが強く伝わる。「泣く」「抱く」「見入る」の終止形3連発もうまく決まっている。

捨てる捨てる 日記を捨てる本を捨てる 服も鞄も私も捨てる  蜂須賀裕子

…いわゆる断捨離を詠まれているのだろうが、この歌もまた「捨てる」の5連発の迫力が効いている。特に目を引くのは結句の「私も捨てる」だろう。自意識とか自己愛の「私」を捨てるのだろうかとも思うが、いや、生命存在としての「私」を捨ててこの世から離れるということなのだろうか、とも思ってしまう。畳みかける「捨てる」の速度感が思わずそんな読み方を誘うのだ。何時だったかも記したことがあったが、蜂須賀さんは一字アケが好きな方で、この歌にも2箇所の一字アケがあるのだが、この歌の場合は一字アケなしの方がいっそう畳みかける速度感が増して効果的なのでは? とも思った。ただし「一字アケをしないと自分の表現だと思えないんです」とご本人が言われるのを聞いたことがあるので、それなら外野席からの注文は雑音として聞き流していただいても構わないのかも知れない。

母はいま眠り給ひぬ乳(ち)の辺りくらげ、われから、夜光虫あつめ  安斎未紀

…母は裸身で海中に横たわって眠っている。その乳は生命をはぐくむ力を感じさせて、そのあたりにくらげ、われから、夜光虫が集まっているというのである。「われから(割殻)」という動物をこの歌で初めて知った。古典和歌に親しんでいる読者なら〈恋ひわびぬ海人の刈る藻に宿るてふ我から身をもくだきつる哉〉(伊勢物語)などと口ずさむところなのかも知れない。魅力的な幻想によって母恋を詠まれた一首だ。


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