2023年７月、六花書林刊。
「短歌人」の大先達の長谷川莞爾さんの第１歌集。1937年、満州国に生まれた方なので、なんと80代半ばにしての第１歌集である。「短歌人」に入会されたのは1962年、歌集を出すことなどほとんど考えることはなかったが、このところ同年代の中地俊夫、西勝洋一の両氏が先立って、「いま歌集を出さなければの思いに捉われるようになった」と「あとがき」に記されている。
以下『遍路笠』より10首。
１ 藤井寺はしばし華やぐ難民のごとく遍路がどつと来りて
２ 老残といへど生身のなまぐさき四肢臭ふかな宿坊の夜半
３ コスプレのお遍路もゐてうぐひすのつぎのこゑ待つびらん樹の下
４ スマートフォン弄びをり勤行を終へし僧侶は樹陰に入りて
５ 目をあはすことなきままにすれ違ふ乞食行者（こつじきぎやうじや）と老遍路たち
６ みほとけをガラスの檻に閉ぢこめて見世物にする国宝なれば
７ 雪をんなを抱く神父をおもむろにひきよせて刺す まひるの夢は
８ 欄干の蛇神（ナーガ）がのつそり鎌首を擡げる廻廊に人絶えしとき
９ カミさんが「あなたお願ひ」と言ふときの上意下達のやさしいひびき
10 昨日は？七月九日金曜日 すぐ言へるまだ大丈夫さう
１首目〜５首目はこの歌集の冒頭に置かれた「七十歳を過ぎてからはじめた四国八十八ヶ所の遍路と西国三十三霊場の巡礼」（「あとがき」）に取材した歌群より。実際に体験した者でなければ詠めないだろうと思われる歌５首を引いた。８首目はバンコクにて詠まれた歌群より。７首目は「雪をんなへ捧げるバラード」の一連より。９、10首目は「Ｈ氏の日録」の一連より。「雪をんな」と「Ｈ氏」は「短歌人」誌上にて興味深く読んだ記憶がある。後者は自らを「Ｈ氏」と客観視して詠むという試みであった。
なお、京都のＨさんのブログ「こぎいでな」（2023.7.30）にてもこの歌集が紹介されていて（＊）、引用歌も上記10首と何首か重なっているのだが、その末尾に次のようなことが記されていた。僕のように後から来た者は全く知らない話だったので、そのくだりを引いておきたい。
（＊）
https://tonbitei.exblog.jp/241884887/
［以下引用］
愛すると這いまわるわれの舌熱しなんじをえらびしにあらざるも
音楽のごとく渇きて夏の夜を寝乱れる母に肉は充ちつつ
後背（うしろ）よりわれは抱くをけぶりつつ顕つ修羅やかなた蒼き夕映
くちびるをもて唇（くち）ふさぐこのさむき愛 しんかんと秋の道皓（しろ）し
麦は黄に枯れて今宵は冷えびえと罌粟なびく 冥府にも秋の月
この５首は1973年6月30日 三一書房より発行 現代短歌大系第11巻（全12巻）より抄出
新人賞最終候補として40首が掲載されている。このときの選者は大岡信、塚本邦雄、中井英夫の3名。当時の莞爾さんは35歳、これらの作品について塚本邦雄は「これはもう大ベテランです。新人なんてもんじゃないんです」と語っている。今ここに これらの作品を抄出するのを作者はいやがるかもしれないが、莞爾さんといえば私にはこれらの歌の印象の方が強い。これから50年の歳月を経て 今回の歌集の歌になってゆくんだなあと感慨深く読んだことである。
［引用終り］
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