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2020年01月10日01:35

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本棚240『きけ わだつみのこえ』日本戦没学生記念会編(岩波文庫)

 無限の未来が広がり、様々な夢を抱いていた若人たち。日中戦争、太平洋戦争における戦没学生七十五名の手記や手紙がまとめられている。本来なら最も生を謳歌しているはずの若者が未来を断ち切られる。五百頁もの本書の一文一文が胸を抉る。
 意外だったのは、学徒兵の遺書が編まれていると思っていたが、入営前の学生生活や軍での日々の生活も多く書かれていたこと。そのため、感情がより自然に現れ、時を超えて彼らの存在が身近に感じられた。懊悩や諦念もあれば、学生らしい明るいユーモアや過酷な軍隊生活でのささやかな喜び、愛する家族や恋人との再会を願う思いもある。彼らは戦うことだけを目的とする「一器械」なぞでは決してなく、あたたかな血が通い、優しい心と伸びやかな知性を持つ「人間」だった。

「狭く小さく君と僕とそれから、それに直接血のつながる家庭とを守って巷にかくれた町医になり、貧しい不幸な病人の友となって正しくつつましい生活が送れれば、それが何よりの幸福であろうが···」(田坂徳太郎 享年二十八歳)

「今日は故里の氏神のまつり日、父が言って来た。お前の記憶にも遠い昔になったろうと。涙がわいてくる。私の少年時代を、殺ばつとした現在の私の生活の中によみがえらせようとしておられる。赤飯の秋冷に思うあたたかさ、にしめの舌ざわり、一張羅の小さい妹たち、そして出店の笛の音。」(浅見有一 享年二十七歳)

「憎まないでいいものを憎みたくない···そして正しいものには常に味方をしたい。そして不正なもの、心驕れるものに対しては、敵味方の差別なく憎みたい。」(佐々木八郎 享年二十二歳)

「ドウカ父母上様、姉上様、妹タチヨ泣カナイデ下サイ。魂トナッテ常ニ皆ト一緒ニ働キ皆ト一緒ニ食事ヲシ皆ト共ニ笑イ皆ト悲シミヲ共ニシマス。」(鈴木実 享年二十歳)

 本書を手にとったきっかけは、年末のNHK『歴史秘話ヒストリア』での特攻隊の特集だった。番組では、二十二歳の若さで特攻隊員として沖縄の海に散った上原良司が取り上げられており、軍隊という個よりも全体が優先される究極の組織においても、自らの頭で考え抜く姿に心が揺さぶられた。
 自由主義というだけで「非国民」とされた時代にあって、自由の貴さを語り、「人間にとっては一国の興亡は、実に重大な事でありますが、宇宙全体から考えた時は、実に些細な事です。」と言う遥けき視点を持つ。
 本書には、上原の遺本の哲学書も載っていた。本文の文字の所々が丸印で囲まれており、一字一字をたどっていくと愛する人への想いが浮かび上がってくる。「きょうこちゃんさようなら 僕はきみがすきだった···いつもきみをあいしている」 愛する想いを伝えられないまま、病で夭折した恋人に告げた最期の言葉。信念を貫いた上原の別の一面が垣間見られた気がした。
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