mixiユーザー(id:20556102)

2018年11月28日07:42

204 view

自我の軸、世界の軸

     自我の軸、世界の軸               斎藤 寛

阿木津英「日本語のうたとアメリカナイゼーション」(砂子屋書房サイト・月のコラム、2018・9)は印象深い文章だった。「人工的に東京界隈の言葉を標準として作られてきた近々百年程度の『口語』を、千数百年つかいならされてきた短歌形式にのせて、それが新しい短歌、未来の短歌などといわれている現状」を、かつての植民地朝鮮での日本語教育の強制下にあって、朝鮮語はなくなりはしないがだんだん薄くなって行く、という当時の「国民文学」の座談会での兪鎮午の発言と重ね合わせ、それを戦後〜現在のこの国のアメリカナイゼーションの問題として捉え直す、というくだりに注目した。昨今多くの短歌が「口語」で詠まれている現状について、歴史の水脈の深いところからの批評を投げかける文章であった。

それなら「新仮名」はどうなのか? とも思った。敗戦の翌年、志賀直哉がフランス語を日本の公用語に、と提言したことがあった。もしそれが通っていたら、今頃われわれは短歌ではなくソネットを詠んでいたのかも知れない。また、志賀の提言とほぼ同じ頃に出された「アメリカ教育使節団報告書」(その大部分は戦後教育改革の基本的な見取図となった)が提言していた日本語表記のローマ字化(この項目だけは実現しなかった)がもし通っていたら、今頃われわれはローマ字で歌を詠んでいたのかも知れない。一部の歌人たちは、漢字仮名まじりでなければ歌の良さは伝わらない、と主張して、ローマ字化を拒否していたかも知れないが、そうした者たちは時代の流れを受け容れない偏屈な守旧派、などと言われていたのではないだろうか。

幸いなことに、今われわれは引き続き漢字仮名まじりの表記によって日常的に日本語の読み書きをなし、歌をも詠んでいる。「幸いなことに」と書いたが、戦後、新字・新仮名が制定されたことは、その「幸い」の度合いを引き下げるものだったのではないか? という問いは今なお問われるべきだろうと思う。志賀直哉の提言も、ローマ字化も、新字・新仮名も、国家権力に拠って当該国家の言語の基本的なルールを変えることができる、という前提を共有していたのであるから。

というようなことを考えながら、田中綾「『精神安定剤』、少数者の発語の機会としての短歌」(角川「短歌」2018・9)にも共感するところが多々あった。田中の勤務先の大学で、「ツイッター」「スマホ」をふりがなとする漢字熟語を詠み込んだ短歌を学生に詠んでもらったところ、例えば〈精神安定剤(ツイッター)開けばそこにみなが居る未だやめられずただしがみつく〉というような作品が寄せられたのだという。そこから田中は、短歌自体もまた作者、読者にとっての精神安定剤として機能することがあるのではないか、と述べていた。

かつて筆者が初めてノートに短歌らしきものを記し始めた頃、短歌は間違いなく精神安定剤であり、ある種の救済装置であった。千三百年余の歴史の蓄積の上に存在している詩型の末端にあずかっているのだ、などと思うようになるにはかなりの時間を要したし、「口語」「新仮名」の歴史上の由来を問い返す、というようなことは、「われ」の詩としての短歌という視野の外側にあるのではないかと思う。

鶴見俊輔が生活綴り方運動について書いた文章の末尾に、自我を軸とした思想に加えて、客観的世界を軸とした思想が要る旨を記していたことが想起される(『現代日本の思想』岩波新書)。短歌という「われ」の詩から、世界への架橋。短歌結社に存在意義があるとすれば、その架橋を可能とする共同の場であることもそのひとつなのではないだろうか。

(「短歌人」2018.12 時評欄より転載)

※上記の拙文は、10月6日の記事(✻)をベースとして書き足したり書き直したりしたものです。

(✻)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1968634931&owner_id=20556102

※※2017年2月号より2年間、偶数月の「短歌人」の時評を担当してきましたが、今回にて任務終了、次の方へバトンタッチしました。


【最近の日記】
12月号「短歌人」掲載歌
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969331784&owner_id=20556102
佐山みはるさんのブログより
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969309750&owner_id=20556102
「短歌人」の誌面より(126)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969289061&owner_id=20556102
7 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年11月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 

最近の日記