フィクションの作法と深度 斎藤 寛
２０１４年の短歌研究新人賞を受賞した石井僚一「父親のような雨に打たれて」で詠われていた父の死はフィクションであったことをめぐって、さまざまな議論が交わされたのだった。当時、それがどうしてこんなに大きな問題になるのだろうかと筆者は訝しんでいたのだったが、一点だけ留意しなければならないと思ったのは、石井がひとたびこうしたフィクションを設定した以上、以降の作品においてはそのフィクションを貫かなければならない、そうした作法は当然求められるだろう、ということであった。昨年１２月に刊行された石井の歌集『死ぬほど好きだから死なねーよ』を見ると、その作法は順守されている。歌集の冒頭に受賞作が置かれているが、それに続けて配されている受賞作以降の諸作品中、かつて死んだはずの父が元気に生きていたりしたらそれはまずいだろうと思うところ、さすがにそうしたことにはなっておらず、その後父という題材は一切登場していない。
しかし、それは新たにひとつの疑念を生じさせるものでもある。受賞作にてフィクションとして設定された父の死は、単に祖父の死を父の死に置き換えたというに留まらず、そこには「父親殺し」と称されるような心的機制が存在していたのではないか、〈遺影にて初めて父と目があったような気がする ここで初めて〉というような歌にはそうした消息がうかがわれるのではないか、もしそうした深度において父を死なせたのなら、そのモチーフは受賞作の一連だけで終息してしまうことなく、繰り返し作者のこだわるところとして現れるのではないか、とも思ったのだったが、そのようなことにはなっていない。とすれば、父の死はどれほどの切実さをもって設定されたのだろうか、という疑念が生ずるのである。
受賞作以降の諸作品においては、「きみ」ないし「君」が詠み込まれた歌が２３首、「あなた」ないし「貴女」が詠み込まれた歌が２５首というように二人称が頻出するが、いくつかの連作を通じて一貫した特定の相手を設定した上で対関係の物語が描かれているわけではない。〈手を振ればお別れだからめっちゃ振る 死ぬほど好きだから死なねえよ〉という歌集タイトルのゆえんの一首は表現の強度を感じさせて印象に残るものだったが、その「お別れ」の後に別モードの「貴女」との性愛を描く一連が現れる、というような具合であり、そこには父の死と比肩し得るようなフィクションや物語は存在していない。
永田和宏『私の前衛短歌』に収められた「青年とわれ」という文章によれば、塚本邦雄でさえ後年のインタビューにて、『水葬物語』の〈受胎せむ希ひとおそれ、新�僂量詭觝覆両犬某砲里劼�りを〉など「事実」に即した歌（はもちろん少数である）を自ら採ってしまう、と語っていたのだという。短歌という詩型と等身大の「われ」との結びつきはそれほどまでに強い、ということだろう。とすれば、フィクションによってその結びつきを断つためには、相応の深度を伴った意匠が必要とされるはずだ。石井はフィクションに関してミニマムの作法は守ったが、フィクションの深浅を言うならその深度はさしたるものではなかった、ということになるのではないだろうか。
昨年の短歌研究新人賞の候補作に入ったうにがわえりも「フラワーマン」も、第一子出産によって妻は亡くなり、それから７年間シングルファーザーとして子を育ててきたという一連で、作者の年齢からフィクションとわかる作品であった。このフィクションは、作者の生涯にわたる作品の推移においていかに定位されるものなのか、ということが今後やはり問われるところとなるだろう。
（「短歌人」２０１８．６ 「６月時評」より転載）
［付記・１］最後の段落で言及したうにがわえりもさんの作品については、昨年１２月４日の記事をご参照ください。
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［付記・２］上記２番目の段落冒頭「しかし、…」は「短歌人」６月号の誌面では一字下げになっていませんが、正しくは一字下げで段落替えになります。
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