mixiユーザー(id:3728814)

2016年10月23日02:42

193 view

危機回避と時間軸。

なんというテーマだろう。
これ書けるのかというテーマだ。
しかし、頭に浮かんできたんだからしょうがない。

たいてい、文章を書くときには、
最後に推敲して、
その文章全体が生き物のように、
人に伝わるように、
テーマを書き換えたりしてるのだが。
 ストレートに出てきたんだからしょうがない。

そこで、今回は、分析しながら書こうと思う。
危機回避とは何か、
そもそも危機とは何か?
今でいえば、地震だろうか、いな
台風であるかもしれない、はたまた
火山の噴火かもしれない。

すくなくとも、命に危険があるということだろう。
その中にはもちろん、食料攻め
かんばつ、水害、虫による被害、疫病もあるかもしれない。

回避とは何か?
さけるということ、
遠ざけるということ、
ではどうやって?

その一つが時間軸なんだと思う。
人は今に生きてはいるが、
今に生きていながら、過去を思うこともでき、未来を予測することもできる。
仏教でいう、業の法則とは、
過去、現在、未来の因果の理法を、
解き明かし、今を分析しつつ、
より良き未来を拓くために、
すでに積み上げた悪しき原因行為を摘み取りながら、
その結果生じるであろう、悪しき果実を、
実らせる前に、
過去に戻って、その原因行為を修正すること。
これが反省である。

もう一つ、人は、今現在の延長線上に、
未来を予測しがちである。
ゆえに、なかなか、今という現実を超えるような
幸福というか、奇跡的なる未来というものを信じることはできないでいる。

先ほど言った、過去にまいた種の話からいえば、
それを今現在によって、過去に戻って修正することによって、
未来はよくなっていく論理があるのは当然である。
毒麦を刈り取って、まともな麦を刈り取ることができれば、
人々は、その収穫の恩恵にあずかり繁栄を享受できる。

ここまでは、過去と現在の話である。
人の心には創造性がある。
未来を形作り、引き寄せる力も同時に与えられている、
たいていの人は、現実と習慣に流されて、
その力に気づくこともない。

前段に書いたように、人は現状に流されやすい。
それは、魂の創造性という、もう一つの
力の存在に気づかないからである。

なぜいきているのか、生きていかなければならないから、
かくあらねばならないという、
一つの縛りの中に、
多くの人は生きている。

その心が、魂に与えられた、創造性という名の偉大な力を
覆い隠しているのである。

魂には力がある。

心の自由性を使って、まだ来ない未来の映像におびえるもよし。
このままではこうであるという、未来に膝まづくのもよし。

心が過去現在未来を捕まえることができるならば、
そこに生かされ悲喜劇を感じながら人生を演じるもよし。

その秘密を解き明かして、奇跡の人生を生きるのもよし。

霊能力などという言葉は、きっとて無縁だと
みんな思うかもしれないが、

あなた方か、過去にあった経験を思い出せることも、
未来に起きるであろうことを予測できるのも、
霊能力なのである。

魂の性質なのである。

魂自体は、はるかなる過去も、
遥かなる未来も、思うことができる。

これが悟性の本質なのだ。
心の中においては、
末ぎ去った過去に、影響を与え、
まだ来ぬ未来を引き寄せる力がある。

魂は、造物主の思いの中に生かされている。
同時に、造物主と同じようにまるで、
始まりと終わりが一緒であるような、
アルファとオメガが一緒であるような、
想像力と思考力を許されている。

ここまで書いたら、
タイトルを、時間軸と創造性の秘密とでも、
書きたくなってきたが、
ま、ながれじょう仕方ない。

心と魂の性質については、
まだまだ、探求が足りない。

思えば、宇宙となり、
思えば、祈りそのものとなり。
思えば、愛そのものとなり、
思えば、すべてを知り尽くす力となる。
また思えば、遥かなる過去を顧みて、
今の輝きを限りなく高める力となり。
また、思えば、本当の幸福と感動を生み出し続ける
最高の小説のような、未来を引き寄せていく。

最後に、時間軸というのは、
自分の心の状態てあることとを
次いで、言っておきたい、
あなたには、小さいけれど、
その魂に、想像力があり、
それが、この世の現実を引き寄せている。

あなたは、過去の心の状態に生きることも、
未来にあるだろう心の状態にも生きることができる。
それを悟性ともいい、
霊能力ともいう。

時間軸を、かんじ、生きることができるなら、
魂の最大の操縦法が見えてくる。

それが悟りと呼ばれているのかもしれない。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する