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2016年08月06日23:07

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美濃路20 5万人の子預け/高座古墳群

高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)の表参道を挟んで、
末社御井社(みいしゃ)の拝殿の向かい側の参道脇に
『高座神社の「子預け」について』という案内書パネルが掲示されていた。

「高座さんは子育ての神様として有名で、子預け虫封じの厚い信仰があり、高座の『井戸のぞき』として広く知られております。子預け祈願とは可愛いい幼児の無事育成と虫封じとをお祈りして十五才まで神様にお預けし、お守りを頂き、満期十五才になったら御礼参りするという信仰です。
 當神社では現在5万人余のお預りしたお子さまの名を台帳に登録して毎月一日、無事育成の祈願祭を執り行なっております。またこの期間は、神様にお預けした子供ですから、頭をたたいてはいけないとも云われています。
 このように可愛い子供の無事育成を願ううるわしい信仰と伝統を末長く守りつづけていきたいと存じております。」

フォト

そう言えば、自分の子供時代には躾で、
頭をひっぱたく習慣があったことを思い出した。
この案内書の脇には『高蔵貝塚(たかくらかいづか)』の案内書きも立てられていた。

「明治の末年、この地から東の大津通の改修工事の折に、一大貝塚群が発見された。弥生土器や石器並びに大量の貝、複数の獣骨が確認でき、弥生時代から鎌倉時代までの遺構、遺物により往時の生活状況が立証された。尾張地方の代表的な弥生遺跡として有名である。」

この案内書きを見て、やはり、拝殿脇にあるのは古墳であることを確認した。
拝殿脇から高座稲荷社の鳥居のトンネルをくぐり始めた時、
脇に抜ける通路があったので、稲荷社に向かう前にその通路に入ったところ、
稲荷社の鳥居に沿って、小山があるのが気になったのだった(写真左)。
これだけなら古墳だという確信は持てなかったのだが、本殿の回廊脇にも
古墳としか思えない丘があったのだ。

フォト

さらに通路を進むと、もう1ヶ所(写真中)。
少なくとも、社殿回廊の西側には3基の円墳が存在していた。
しかし、境内には古墳に関する情報は何も掲示されていなかった。
ネットで調べると、『古墳マップ』サイト(http://kofun.info/)に
「高蔵古墳群」と呼ばれるMAP・紹介文・写真が紹介されていた。
表示された中心点は高座稲荷社の西側の高蔵公園。
紹介文から抜粋すると、

「形 円墳
 高座結御子神社境内の稲荷社の裏手に高蔵4号墳。
 その北側の奥に高蔵3号墳。
 明治41年の記録では神社を取り囲むように7基の円墳があったとされる。
 築造は6世紀後半と推測されている。                」

まさに私が撮影した(写真左)が高蔵4号墳、(写真大)と(写真中)が高蔵3号墳であり、
ほとんど同じ写真が掲載されていた。
どうも高座結御子神社をコの字形に取り囲むように西・北・東側にある
高蔵公園にも古墳がありそうなので、チェックしに行くことにした。

8月上旬 快晴 熱暑
特に入口の見当たらない高蔵公園西側の路地の木陰に愛車を停めて、
公園内に入った。
しかし、予想に反して、古墳らしきものは見当たらない。
西側から北側に廻ると、60m×30mの楕円形の窪みがあり、庭園になっていた。
高座結御子神社の神木脇に「御即位紀念池」碑があったことからすると、
http://photo.mixi.jp/view_photo.pl?photo_id=2222837058&owner_id=350761

もとは人工的な池だったようだ。
北側から東側に廻ると、こちら側には4基の古墳が確認できた。
うち、3基は古墳が存在することを知らなければ見過ごしてしまうだろう。
そのうちの1基、もっとも小さな古墳には
裾に長辺30cmくらいの玉石が並べてあった。
もっとも明快な古墳が(写真右)で、
これは『古墳マップ』にも写真が掲載されている。
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