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2016年03月01日01:23

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高村光太郎 著 「 智恵子抄」より

レモン哀歌              






そんなにもあなたはレモンを待つてゐた

かなしく白いあかるい死の床で

私の手からとつた一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つその数滴の

天のものなるレモンの汁はぱつと

あなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるがかういふ

命の瀬戸ぎはに智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけたそれからひと時

昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関ははそれなり止まつた

写真の前に挿した桜の花かげにすずしく

光つレモンを今日も置かう
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