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2015年02月16日09:40

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フォルムの実際 19世紀 ひなげしと緑の日傘

フォルムの実際 19世紀 ひなげしと緑の日傘
 1870年代までのモネの作品には家族が良く登場する。奥さんのカミーユと息子のジャンだ。モネとカミーユは、モネ家の反対もあって正式には結婚をしていない事実婚の間柄だった。モネシリーズ最初の画像、マネは、モネ一家3人の姿を描いている。カミーユはモネのモデルを務めていて、カミーユが日本の歌舞伎の衣装のような打掛を着たジャポネーズと言う作品が有名だ。モネは人物画も描けるところを見せたかったようで、ジャポネーズは、第2回の印象派展に出品された。モネは、後年、ジャポネーズを描いた事を後悔していたそうだ。どうしてもお金が欲しく、絵を売るために人物画を描いてしまった、と言う思いがあったようだ。画像は、ひなげしの丘、この作品は第1回の印象派展に、印象日の出、と共に出品された油彩画の1つ。野生のひなげしが咲き乱れる丘をカミーユと息子のジャンが降りて来る様子が風景の中に描かれている。丘の上にいる2人と、降りて来た2人は同じ人物だ。時間経過が一枚の作品の中に描かれている。赤いひなげしの花が印象的だ。息子のジャンが摘んだひなげしの花を持っている。カミーユはモネの作品に沢山登場するのだが、緑の日傘がお気に入りだったようで、良く緑の日傘をさしていた。カミーユが登場する作品の一部を集めてみた。1870年代は、まだモネの作品のスタイルが固定されておらず、試行錯誤を繰り返していた時代になる。だが、この時期のモネの作品が好きだと言う人が結構多い。この時代のモネの作品が好まれる理由は、奥さんのカミーユ、そして子供、愛すべき家族を暖かい目で人間味豊かに描かれている作品が多いからだろう。ひなげしの丘も、ピクニックに来て、ひなげしが咲き乱れる風景を家族で楽しんでいるシーンが想像できるような作品になっている。この当時、モネには実業家の後援者が出来て、作品を買ってもらえるようになり、そこそこ、食べていけるようにはなって来ていたようだ。1875年に、この時期の代表的作品が誕生する。それが、Woman with parasol だ。日本語では、散歩 日傘をさす女、となっている。この作品は第2回印象派展に出品された。設定としては、散歩を楽しむ親子を奥さんを中心にして描いている。モデルは、カミーユと息子のジャンで、カミーユはお気に入りの緑のパラソルをさしている。堤の雑草も、白いドレスも風になびき、逆光で描かれたカミーユが神秘的な雰囲気を漂わせている人気の作品だ。カミーユとジャンがそこに本当にいるような存在感をもって佇み、こちらを見ている。カミーユとジャンの視線によって絵を描いているモネをも描き出している名画だ。作品には2人しか描かれていないのに、家族3人が散歩している様子を感じさせる。カミーユとジャンが登場するこの時期の作品には、愛し合っている家族が描かれており、モネの2人を見つめる目も優しく、また、描かれる家族にもモネの目線を嬉しく思う気持ちが表情や仕草に現れている。よそよそしさもなく、絵画を観ている鑑賞者には、まるで、自分が家族の一員であるかのような思いを抱かせる暖かい絵画でもあった。
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