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2015年01月28日21:39

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心臓が脈打つほどにびくびくした朝

 今日は正午に歯医者の予約をとっている。昨夜から生きた心地がしなかった。
 事の始まりはちょうど1カ月前の昨年末28日だ。突然、口の中の右奥の歯茎に激痛が走った。いや、奥歯が痛いのか? 食べることはおろか喋ることさえ出来ないほどの疼痛だ。じんじんと痛みが脈打つ感じで、鎮痛剤を倍量飲んでとりあえずなんとかしのいだ。世間というか医療関係はすでに正月休みで、いかんともしがたい時期だった。
 歯茎に傷がついて菌でも入ったのだろうか。それとも歯の根っこが腐って化膿しているのだろうか?
 痛みは鎮痛剤で治まるものの、食事をとれないこともあった。ラズリに犬用のガム(牛皮をねじってササミを巻いて完全乾燥させたおやつ)を与えながら、心底、こんなに堅いものをなんなく食べる姿が羨ましいと思った。私はパスタとか豆腐とかシフォンケーキとか蜂蜜入りのカフェオレとか、あまり噛まないでも消化できる物を食べて体重をなんとか維持しているような按配だった。
 そうこうしているうちに正月が明けた。歯医者にも行ける。が、痛みとじっくりつきあいながら、これは歯、歯茎、口腔の炎症などではなく、もっと根本的な病ではないか、と思い始めた。神経的な病の可能性も疑った。
 痛みは口の中、歯茎の他、耳の奥や顎などに伝搬していき、しかし鎮痛剤を飲むとのたうち回るほどの痛みは一定、治まる。
 かつで同僚が歯茎から菌が入って死に至った。そのことをたびたび思い出し、「死に備えたデジタルデバイスの整理」を特集したMacFanのバックナンバーを読み返したりもした。
 で、沖縄往復のチケットをとっていたものだから、なんとか痛みとつきあって、沖縄へ行った。で、月曜日にようやく歯医者の予約をとったのだった。
 歯医者での診察は自分の見立て通りで、歯茎ではなくさらにその奥に雑菌と膿みが溜まったのだろう、という所見だった。なので抗生剤で治療して様子を見る、ということになった。
 話はここで終わらない。
 今日は月1、胃潰瘍予防薬と入眠剤を処方してもらう病院通いの日でもあった。
 で、医師に1カ月の苦闘について話をした。本来は耳鼻咽喉科で診察するべきだ、と釘をさされつつ、歯医者で処方された抗生剤とは別に、もっと強い薬を服用するほうがいいのではないかと考えを述べられたので、強引にその抗生剤も処方してもらった。
「2種類の抗生剤を併せて飲んでもいいものでしょうか?」と訊ねたら、医師は答えに窮し、「うーん、そもそも私がこんな処方薬を出すこと自体、いけないのだが……」と取り消されそうになったので、「わかりました。自己責任で勝手に飲みます」とその場をとりなした。自分で言うのもなんだが、こういう受け答えがとっさに出来ているうちは、誰からもアルツハイマーと言われる筋合いはないと思う。
 診察室を出る際、背中越しに、違う種類の抗生剤を併用して直ちに死ぬこともないだろう、と言ってくれたのが救いだ。
 ともあれ、歯医者に行って、いきなり大手術となって、点滴を受けて一晩過ごすことまで想像していたので、いま、安堵している。
 なんかこれから先、人に優しくなれる気がする。いや、人に優しくしなければいけない気もするし、世の中の役に立つとはどういうことなのか真剣に考えなければと思う。
 で、夕刻、宮沢賢治が親友(保坂嘉内)にあてた手紙をまとめた本『あたまの底のさびしい歌』(鎌倉の出版社「港の人」刊)を安らかな頭で読んだ。世の中に宮沢賢治ファンは異常なほどいるが、どれほどの人が彼の人となりを知っているのだろうか? 
<私は肉食をやめることにした>と保坂嘉内に宣言し、生きた動物を殺して自分の糧とするのはほとほといやだ、などと書き綴っている。そして食べ物に執着することの愚かさと恥ずかしさを延々書いているのだが、この手紙を読んで共感する現代人は10パーセントもいないと思われる。賢治の自己探求や宗教観はおおかたの人間にとって「うざい」。私は賢治ほど意志的な人間ではないので何事に於いても中途半端極まりないのだが、考え方は近い。なんかこの本を読みながら安息を覚えたのだった。
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