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2014年11月10日00:31

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本棚79『みんなの寅さん 「男はつらいよ」の世界』佐藤忠男(朝日文庫)

 「男はつらいよ」シリーズは全48作。本棚59で書いたように心に残る名言は無数にあり、また喜劇でありながら、涙を抑えることができない場面も存在する。ほぼ全ての作品についての解説を載せている本書と、過去の記憶を頼りに、自分にとって忘れえぬ感動を覚えた作品、場面を3つ挙げてみたい。

 一つ目は、シリーズ第1作の「男はつらいよ」(’69年)だ。
 寅さんの妹さくらと隣の印刷工場で働く博の結婚式の場面。長年仲違いをしていた、大学教授の博の父が結婚式の最後に挨拶をする。30秒近い沈黙の後、訥々と静かに語られる息子への想いに心を揺さぶられる。

「本来なら、新郎の親としての御礼の言葉を申さねばならんところでございますが、私どもそのような資格のない親でございます。しかし、こんな親でも、何と言いますか、親の気持ちには変わりないのでございまして、実は今日、私は八年ぶりにせがれの顔、みなさんのあったかい友情と、さくらさんの優しい愛情に包まれた、せがれの顔を見ながら、親として私はいたたまれないような恥ずかしさを、一体私は親としてせがれに何をしてやれたのだろうかと、何という私は無力な親だったか―。隣におります私の家内も同じ気持ちだと思います。
この八年間、私ども二人にとって長い、長い冬でした。そして、今ようやく皆さまのおかげで、春を迎えられます。皆さん、ありがとうございました。さくらさん、博をよろしくお願いいたします。さくらさんのお兄さん、二人のことよろしくお願いいたします。」

 二つ目は、シリーズ第46 作の「男はつらいよ 寅次郎の縁談」(’93年)だ。
 就職活動がうまくいかず、寅さんの甥の満男は家出をして、瀬戸内の琴島という小島にたどり着く。満男は島で漁や農作業などを手伝い生きがいを見つけ、看護婦の亜矢とも愛情が芽生える。しかし、寅さんが満男を連れ戻しに来て、船で島を去ろうとする場面。
 満男たちを見送りに堤防を駆け、満男にさよならを言う亜矢。
 そんな姿を見て、「おじさん、やっぱり俺、島に残るよ。」という満男に対して、「馬鹿野郎、男はあきらめが肝心なんだ。」と諭す寅さん。遠ざかる船。小さくなる亜矢の人影。いつも明るく元気な亜矢は飛び跳ねて見送っていたが、最後泣き崩れてしゃがみこむ姿が切ない。
 バックで流れる徳永英明の「最後の言い訳」が、この場面に永遠の美しさを与えている。

「寝たふりがこんなに つらいことだとは 
今落ちた滴は 涙だね
そして君が出て行く夜明けを待って
暗闇が怖い君のことだら
いちばん大事なものが いちばん遠くへいくよ
こんなに覚えた君の すべてが思い出になる」

 最後は、シリーズ第43作の「男はつらいよ 寅次郎の休日」(’90)だ。
 満男の高校の後輩の泉は、別居をしている父を探しに行くために、九州に向かう新幹線に乗ろうとする。発車の合図が迫るなか、心細さを押し込めたような泉の様子を見て、見送りに来た満男は心を決めて新幹線に飛び乗る。
 静かに走り出す新幹線。デッキの二人は、お互い言葉は交わさない。徳永英明の透明感のある「JUSTICE」の曲が流れてくる。始めは驚きと茫然。次第に、泉は自分を想う満男の気持ちが伝わってきて、お互いに微笑みを交わす。流れ過ぎ去ってゆく東京の街並みと、微笑む二人のカットが交錯する。
 男はつらいよシリーズは42作頃から、寅さんの恋だけでなく、満男の恋も描かれるようになるが、本作品の新幹線に乗り込む場面は、どのような青春映画も太刀打ちできないのではないかと思う。

 男はつらいよの世界、それは単に「国民的喜劇」という言葉では語りつくせない、芳醇で広大な世界である。
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