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2012年08月30日12:22

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柳生じゅん子「樹の海」

柳生じゅん子さんから、季刊詩誌「タルタ」22号(タルタの会刊、2012.8.30)をいただきました。

そこに掲載されている柳生さんの詩「樹の海」を、全篇そのままご紹介します。

       樹の海      柳生じゅん子

側を通っただけで曳きずり込まれてしまった

茫漠と 得体の知れない気配
樹木の足は露に地上にはみ出し
うねり のたうち
理不尽な怒りやかなしみが
曖昧になることを拒んでいた
思わず マンシュウとつぶやけば
逃避行の途中に打ち捨てられた者達が
じわじわと寝返りをうってくる

(少し前に読んだ開拓団の聞き書き集が
めくられ 身じろいでいる)
耳をそばだてると どこだって
死者の骨の音がしない大地はない
けれど 置き去りにされた地層の暗がり
この極みに 深い受容はあったのか
夥しい不在の死が戻っている
断念の鬼気の手が
ひとの耳を探してのびている
過酷な物語から吐息のように這い出てくる
子ども達の足音は
緑色の苔となり ひっそりと横たわっている
(幼いわたしが無事に帰国した背景だ)

怪鳥の鳴き声に似た
カイライコッカ 傀儡国家
この一語に抹殺され 締め出され
八十歳過ぎても解かれないひとの嘆息
若い声を挙げては行き場を失くす思念
言い訳もできずにつぐんだ言葉たちが
よるべなく漂い
わたしの腕に鳥肌をたててくる
(再び忍耐強い者達の力で
矛盾に満ちた荒野は切り開かれてきたのか)

ブジュン コロトウ マイヅル
覚えていない幻の玩具のような名をなぞる
そのあたりまであった足あと
それからどう歩き
思惟の出口へと向かっているのか
常緑樹の黒々とした肋骨
決してつぶらない目に
たちまちわたしは宙吊りにされている


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