最近、ある学会誌に頼まれて、『再検討 教育機会の平等』（宮寺晃夫編、岩波書店、２０１１年）という本の書評を書いた。ふつう、新聞などに載っている書評とはちょっと違って、４００字で２５枚ぐらいの、少し論文風の書評である。「『平等』論で解けることと解けないこと」というタイトルにした。
以下、その拙稿よりメインの部分を転載します。やや長くなるので、４回に分けました。
この本の各章のタイトルと執筆者は、次の通りである。
序論 なぜ「教育機会の平等」の再検討なのか（宮寺晃夫）
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第１章 「奪われなさ」と平等原理−社会からみた機会の不平等（佐藤俊樹）
第２章 教育費のエコノミックスとポリティックス−人的資本・ネットワーク外部性・信用取引（稲葉振一郎）
第３章 学校から仕事への移行期変容−新たな不平等構造の出現と「移行期」の学習保障（乾彰夫）
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第４章 「共生・共育」のなかで「教育機会の平等」を考える（篠原睦治）
第５章 個性化教育の可能性−愛知県東浦町の教育実践の系譜から（森直人）
第６章 教育機会の平等−中国教育改革の挑戦（労凱声［訳・楊奕］）
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第７章 在日外国人の子どもの教育機会−日系ブラジル人を中心に（小内透）
第８章 人種格差社会アメリカにおける教育機会の平等−ポスト公民権運動期の黒人の教育権（中村雅子）
第９章 「熟議民主主義」は何をもたらすか−多様性と統合の綱引き（平井悠介）
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第10章 能力にもとづく選抜のあいまいさと恣意性−メリトクラシーは到来していない（広田照幸）
第11章 「教育機会の平等」の復権−子どもの学校を親が決めてよいのか（宮寺晃夫）
おそらく、上記のような構成の意図としては、序論と�気砲�いて「教育機会の平等」をめぐる問題状況を提示する、�兇砲�いて「教育機会の平等」をめぐる問題状況に裂け目を入れその止揚への方位を示唆するような動きをさぐる、�靴砲�いて「教育機会の平等」をめぐる問題状況をさらに分け入って提示する、�犬砲�いては以上の各章の洞察を受けて「教育機会の平等」をめぐる現在の課題の所在をさぐり、その止揚への方位を示唆する、というような段取りが想定されていたのだろう、と思われる。
が、実際に書かれた各章を読んでみたところでは、そのような意図によく沿った内容の論稿が並んでいるとは必ずしも言い難いように思った。率直に言って共同研究の書ではない。各執筆者がそれぞれの問題意識に沿って書いたものを寄せ集めた一書である。こういう場合、せめて巻末に、各章の筆者がお互いの稿を読んだうえで一堂に会し、相互に感想や批判を交わし、その記録を掲載する、というような編集上の工夫がなされてもよかったのではないかと思う。
第３章の乾彰夫の論稿では、いわゆる再生産論（学歴を通じた親世代から子世代への社会階層の継承度を問題にする議論）の問題設定から、現在のこの国の状況をデータに基づいて分析し、いわゆる格差社会の問題構造は、最近の正規雇用／非正規雇用というフレームへ転移してもなお持続していること、学歴を通じた親世代から子世代への社会階層の継承関係にも基本的に引き続き相関が認められること、そしてこうした問題を是正するためのさまざまな施策とそれを通じた社会のあり方の構想が問われること、が論じられている。「平等」論を前提としたうえで、問題の所在がわかりやすく示されていて、有用な論稿である。
第７章の小内透の論稿では、いわゆるニューカマーとしての日系ブラジル人の子どもたちの学校教育をめぐる問題状況がトレースされ、最終的に議論は「国民」教育を問題化する地平へ絞り上げられてゆく。「国家・対・国民」ではなく、この地上にはさまざまな国家が存在するがゆえの「国民」である、その国家間の関係はどうなのか、という原点の問題へ立ち戻る方位が示されている。ただし、それはもはや「平等」論では括れない問題域に属することがらであろう。
第10章の広田照幸の論稿では、学力や能力の計測はつねに不完全であり、われわれは「測られたものは正確な私ではない」と言う権利をつねに有していること、したがって眼前の社会に現存しているのはかなり不確かなテクノロジーとそれに基づく恣意的な権力なのであって、その恣意性は社会の支配的なマジョリティーにとって有利なものとして正当化されていること、などが指摘されている。初めて聞くような話ではないが、やはり僕はこうした議論に共感するところが多い。広田の思索は、つまるところ「平等」論が前提としている枠組み自体を疑い返す、という地点にまで至ることになるだろう。
以下、第８章の中村雅子の論稿と第11章の宮寺晃夫の論稿にふれたうえで、第４章の篠原睦治の論稿と第５章の森直人の論稿に注目することにしたい。第４章と第５章は、本書の中で僕が最も興味深く読んだ章であるが、この両章はいづれも「平等」論の問題設定からははみ出している。
すなわち、だいじなことは「平等」論からはみ出すのであろう、というのが一読者としての僕の感想であった。
［つづく］
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