先週土曜日の朝日新聞別刷り「be」で小池真理子さんが学生時代を振り返って「みんな貧乏自慢をしていて、押し入れさえない3畳の間借り部屋に住む友人には負けたと思った」というようなことを書いていた。同世代なので共感できた。私は約6畳の部屋に申し訳程度の流しと一口コンロのアパートに住んでいたのだが、小池さんと同様、貧乏暮らしとは言えない中途半端さで、たまに仲間からは「このブルジョワが!」などと茶化されていた。
昨日19日の日曜日、夜8時半くらいから山陰の松江を中心にしたガイドブック傍らに置きながら、延々とMacbookProでネット情報を収集していた。mixi日記で「寝台特急サンライズ出雲に乗ってみたい」と書いてからだんだんとその思いが募り出して、マジ乗ってみようか、と本気になってきた。
深夜の午前1時までMacの前に座って、ガイドブックに載っている松江の観光案内やホテルを見てはネットの宿サイトで料金を調べたり、往きをサンライズ出雲とすれば復路はどの交通機関を利用しようかと詳細に追ってみた。
三浦海岸に住んでいる6歳年上の旅行作家は松江市の出身で、ご健在の両親が松江に住まれているのでしばしば帰郷されている。彼は料金が高いサンライズ出雲に乗るのだろうか? そもそも松江で2泊するとしたら、どこを歩いたらいい、どのホテルがオススメか、というような質問攻めをしたくなった。
気持が昂ぶって、普段でも寝付きが悪くて睡眠薬に頼っているのに、昨夜はまったく眠気がなくて、午前1時半になってようやく薬を飲んで眠りに就いた。
朝、8時起床で、二度寝して8時50分に起き出した。
朝食後、旅行作家に電話をした。
「ちょっと身体を壊してしまって……」と彼は言い淀んだ。
ボクのほうはようやく全快しました、と伝えつつ、今日は無理そうだなと思った。
「実は〇〇〇〇になってしまって動くのが怖い体調なんです」と彼が言った瞬間、まさかと思った。それは私とまったく同じ病気だったのだ!
そのことを伝えた瞬間、彼は返事を翻して「やっぱり今日、来て来て」と。
午後零時50分に三浦海岸出口で待ち合わせ、ということになった。
大寒だというのに暖かい。赤いジャンパーを羽織って家を出たのだが、汗ばむ陽気だった。
横須賀線と京浜急行を乗り継いで、午後零時半に三浦海岸着。約束の時間まで20分もあるので、駅の周辺を歩き回った。思いの外、体調がいい。
約束の時間ちょうどに旅行作家ご夫妻がやって来た。
で、3人で歩いて7分の大型リゾートホテルへ行って、1階のレストランへ。
奥様が来たのは、私の入院体験を詳細に聞いておきたいから、ということだった。
シャレたリゾートホテルのレストランで、本来は話すべき内容ではないのだが、好学のため、委細にわたって体験を話した。
そのあと、夫妻の住居にうかがって、今度は私がサンライズ出雲や松江について延々と質問を繰り返した。
午後3時半、お宅を辞した。駅まで送っていただく。
京浜急行に乗っていると、津久井浜駅の前後で海が見える。まるで沖縄に来たような錯覚に陥ったり、尾道の海を見て感動した林芙美子の「海が見えた。海が見える」の心境に至った。
横須賀線も鎌倉久里浜間は景色がめまぐるしく変化する。住宅地が途切れたかと思うとトンネルに入り、山が見えたり、海が見えたり。三浦半島縦断のちいさな旅、という趣がある。
サンライズ出雲の詳細と、松江の見どころがよくわかった。
「風さんに泊まらせたい駅前旅館というか商人宿があったのですが、2年前に廃業となりました。ぼくも実家に帰省の折は、ビジネスホテルに泊まることが多々あります。安くて面白いホテルは〇〇〇〇とか〇〇〇〇で…………」
すべてガイドブックの地図にメモをしたり、印を付けておいた。
こんなふうに言い出してしまったら、本当に行かなきゃいけないような使命感を抱いてしまった。帰りの経路についても的確な情報をいただいた。なるほど、そうか、そういう手があったのか。旅のプロ、松江市のプロから聞いたとっておきの奥の手。
私が回復したら、まるでリレーでバトンパスをするように彼が病いになってしまった。それだけが残念だ。
ログインしてコメントを確認・投稿する