昨夜寝る前に、案内状に同封されていたパンフのコピーを広げ、カメラマンが永遠の眠りに就く「三浦浄苑」の場所と、念のため納骨儀式の開始時間を再度確認する。大規模な霊園らしいので、明日、クルマのナビに電話番号を打ち込めばそれで済むだろう。
朝起きて、何時に家を出たら開始20分前に着くのか、あらためて予想する。週末の三浦半島はクルマが渋滞する確率が高い。が、今日は天候が悪いのでわざわざドライブのために都内から来る人は少ないだろう。いや、そうは言っても桜は今週末で散るので観光客は多いかもしれない。うちから三崎までの時間距離は、1時間から3時間。つまり、まったく予測がつかない。
正午から逆算して、キリがいい10時に家を出て駐車場に向かうというのがよさそうだ、と朝9時に決めた。が、決めたことで気持ちが落ち着いてしまい、コーヒーをゆっくり味わって2杯を飲み干していたら、いつの間にか10時になっていた。あ、しまった、ゆったり構えすぎたと焦って、駐車場へ行き、ナビに電話番号を打ち込む。
クルマのナビに電話番号は登録されてなかった。予想外の展開第2幕に慌てる。三浦浄苑と施設名を打ち込んだら地図にポイントが示されたが、うちのナビは時々、私に似て大雑把な判断を下して、近くだが場所が200メートルくらい違うというような間違いを平気でやる癖がある。私はフランス車を受け容れるくらいに大雑把ではあるのだが、他方、遅刻は絶対にしない主義ゆえ、こういう時は本当に心細くなるのだった。
逗子駅近くでナビを確認したら、到着予想時間は11時25分となっていた。葉山の御用邸前交差点でナビを見たら11時29分と伸びていた。それから信号で停まるたび、到着予想が数分ずつ先に進み、あと数キロの時点でついに11時50分台に突入。どうしよう、間に合うかどうか秒読み状態になってきた。こんなふうになったのは、バスが悪い、安全運転過ぎる休日ドライバーが悪い、大型スーパー渋滞が悪い、と私のドライブを邪魔した要因が走馬燈のように浮かぶ。
三浦浄苑に着いたのは11時50分ジャストで、ナビは正しい位置を示していた。そうなると、5分前まで恨みがましい気持ちだった自分が思いっきり卑小に思え、今日の儀式とその後の会食の間は、心して卑しい心持ちをあらためよう、と前向きになれた。そうだ、せめて今日くらいは清らかな気持ちでいよう。「まれ」のお父さんみたいになっちゃダメだ。
駐車場で一服する余裕があった。私にはカメラマンの奥さん以外、たぶん見知った人はいないだろう、と思いながら、あたりを見回すともなく見ていると、そこに亡くなったはずのカメラマンが立っていたではないか? そんな馬鹿なことはない。
近くに寄ってしげしげとその男の顔を眺めた。が、似ている。どころか、死んだはずのカメラマンが数歳年を食った顔だった。
出席予定全員が到着した時点で、全員お墓へと移動。腕時計を見たら11時58分だった。
霊園の人がてきぱきと手はずを整え、亡くなったカメラマンの骨壺が墓の中に安置され、やがて石蓋が閉じられた。
35名の人々が静かに見守っている。
用意された薔薇の花とお線香で、順々にお焼香をする。あっという間に終わった。
奥さんが墓石の横で出席者の簡単な紹介を始めた。
思ったとおり、私がカメラマンと見間違えたのは彼の兄で、しかも被っている帽子はカメラマン唯一の遺品だという。それにしてもよく似ている。無礼だと思ったが、お兄さんに「あのねー、脅かさないでくださいよ−。宝田さんが生き返って自分の納骨式に出てきたのかと思いましたぁ」とタメ口を聞いてしまった。やっぱ私、人間軽いわ。
その後、会場をヨットハーバーのシーボニアに移し、最初の15分は故人を偲びつつの会食。同じテーブルの人全員と活発に会話をし、そうしているうちに話題は故人からどんどん離れて、おとなの遠足状態になってしまった。軽いのは私だけでなく、なべて人間は軽い、テキトーである、どころかふざけてる、ジコチューだ。
なんだかいいパーティに出ている感じ。あっという間に2時間半が過ぎて、宴はお開きとなった。
帰りの運転中、内省癖が強い性格をあらためよう、今よりさらにくだらない人間になっていいではないか、と明るくなった。
帰宅してすぐ、あと少しで読み終わる『死にたくなったら電話して』を手に取り、読了。この長編については稿をあらためて、自分の感じた大事なことをメモっておきたい。
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