朝9時、ラズリと散歩。雨は止んでいたが、日曜日だというのに観光客も地元民もひとっこ一人歩いていない。有川浩の「塩の街」だ、ゴーストタウンだ、真冬の帰り道だ、ランチャーズだ。
帰宅後、歯を磨いて、ついでといっちゃなんだがラズリの歯も磨いてあげた。磨き終わったらラズリは一丁前に「はぁ〜」と大きく息を吐き、気持ちよさげだ。なんか私、牝犬の喜ばせ方にますます磨きがかかってきた気がする。
一昨日、古本屋で買った『頭の中身が漏れ出る日々』(北大路公子著)。オカルト本でもなければ医学書でもない。みつけた理由は背表紙に「PHP文芸文庫」という文字があって、「PHPに文芸文庫なんてジャンル、あったっけぇ?」と膝カックンをくらったことと、試しに手に取ってみたら、本表紙に著者のサインと落款が押されていたことで、これもなにかの縁かと感じたか。感じやすいオレ。
昨年末はたけもとのぶひろのサイン本と偶然の出会いがあって、買って読んだら面白かった。今年の目標はサイン本を月1・年に12冊以上買って最後まで読むことにしよう。新刊本なら、横浜の有隣堂へ行けば、店頭にいくらでも並んである。古本屋でもサイン本は結構、あるものだ。
あっ、思い出した。うちにはサイン本が何十冊とある。
15年前まで鎌倉とうきゅうストアの端っこに間口一間くらいの小さな古本屋があって、その店は定期的に江藤淳宅へ行っては本を引き取っていた。江藤が亡くなったのは1999年で、没後1年半くらい経った頃に古本屋もなくなってしまったのだった。ともかく江藤のような大御所は献本の数も半端じゃなかっただろう。で、大先生に献呈するわけであるから、たいていが「江藤淳様 何某なにがし拝」というようなサインがしたためられているわけである。私の本棚に「江藤淳様」と書かれた本がたくさんあるゆえ、なんかの拍子に自分は文芸評論家の江藤淳と申す者である、と言ってみるのも一興だ。そして、バッグからおもむろに「江藤淳様」とサインが入った本を出し、「悪いけど財布を落としてしまったので電車賃1000円くらいを貸してもらえぬか」と寸借詐欺を働き、これまでに支払った「江藤淳様」本の代金を少しでも取り戻す労をとってみる、というのも悪くない考えだ。前向きでもあるしうつ向きでもある。
『頭の中身が漏れ出る日々』を、まずは100ページまで一気に読んだ。小賢しいシングル女性の痛々しさと言おうか、人柄の面白さが際立っていると言うか。国会中継ほどの面白さはないものの、訳がわからない芸人コントより10倍方、笑える。小保方さん、お元気かしら。
北大路さんのエッセイは一芸の域に達している。北海道人というのは天然のユーモアセンスが備わっている人が多い気もする。私が知ってる人はみな、関西DNAの私から見てもおもしろい。鮭とジャガイモを多く食べるとおもしろいことが言えるようになる、という珍説を読んだことがあるが、納得。
===ここまで21時にアップロード===
TBSで日曜午後9時から放映中の『流星ワゴン』。
主役の井川遥が完璧な美人だから、西島秀俊が後輩だから。
訪ねて感動した福山の鞆の浦が出て来るから。
そして、入社試験のエントリーシートにあった「感動した本」という項目を見ていると、原作重松清の『流星ワゴン』を挙げていた学生が複数いたから、第1回目から見続けることにした。『頭の中身が漏れ出る日々』から一転、重苦しいほどにシリアスな現実をSFと絡めて描いたドラマで、正直、見ている間じゅう、重苦しいし困惑している。自身がシリアスな局面に至ると頑張りが利くタイプだが、他人のシリアスな苦しみを見るのはつらいものだ。
井川遥はやつれたメイクをしてもエロきれいだ、というのが唯一の救い。
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