旅にはいかなる縛りもない。と思うものの、他方で「行くとするなら、これだけは」という明確な目的がひとつやふたつ用意されていると、旅の面白さ(というかインタレスト)は倍加する。先月沖縄を訪ねた際は、それが「辺野古」であり「ひめゆり平和祈念館」だった。今回は旅の目的という次元を超えて、訪ねなければ自分が失くなるという強迫観念に近い目標設定になってしまった。
正月まであと何日というような押し迫った年末、『沖縄の旅・アブチラガマと轟の壕』(石原昌家著)を読んだ。ひととおり沖縄戦を編年体で追った本を読んだあとこの新書に出会ったのだが、読み進んでいくうち、戦争に対する怒り、日本軍の軍人に対する蔑みとともに、恐怖を覚えた。アブチラガマは糸数にある270メートルにわたる自然洞窟を利用した防空壕であり、途中から日本軍の営巣となり、さらに負傷兵や疾病兵を収容する病院だった。ここにもひめゆり学徒隊は詰めていた。
石原さんの本には洞窟の見取り図が詳細に描かれている。米軍に投降したおかげで生き残った住民と軍人の証言を基に終戦までの約半年間、洞窟内がどのような状態であったのかを、実地調査とともにこれでもかというほど細密に記されている。龍泉洞や秋芳洞のような観光施設なら洞窟はロマンチシズムだが、闇の中でうごめく重症患者、うめく傷痍軍人、腐乱死体とかもがれた腕にウジが涌く疾病者から発せられる臭いを想像したら、気持ち悪くなる。
読んでいる間も読み終わったあとも生理的に怖いのだ。
戦争反対、世界が平和でありますように。
九分九厘の人間は、そう考える。言い方が悪いが、頭ごなしに口をつく。が、それは教科書に書いているとかみんながそう言うからとか自分が戦争に行くのはいやだからとか、とにかく真っ当な日常生活のなかで考えて自然に平和の大切さを学ぶ。が、生理感覚に根付いてないから、「絶対に」平和が大切だ、という最上級の次元から1段階2段階こぼれ落ちることがあるように思う。(よほど頭のいい人は別にして)
だから読み終わったあと、自分が右傾化しないためにも行くしかないと確信した。
アブチラガマへの入壕は本来、3カ月前に申込書をファクスするのが原則なのだが、正月明けに電話をしたら予定日を訊かれ、23日の午後であれば今、電話受付で可だと言われた。ガマはガイド付きじゃないと入れないシステムになっているので、たぶんこの日OK! のガイドさんがいるのだろう。
で、23日、ガマを訪ねた。入壕する際、礼をする儀式から始まった。洞窟内にはもちろん照明はない。非常灯ひとつない。100円で借り受けた懐中電灯で足元を照らしながら男性ガイドのあとに従ってゆっくりと進む。
ちょっとここを見て、と彼は懐中電灯を足下に向けた。
「ここ! 歯がまだ残っているのです」と彼は言った。
指し示されなければわからない。歯は石英岩の欠片にも見えるし、歯だと言われたら歯に見える。洞内にはまだ遺骨の一部も残っているし、米軍の火炎砲によって崩された土の下には当時の遺品が多数ある。その上を私は知らずに歩いている。これが自分だ。兵士の歯も怖ければ自分も世界までもが怖い。
うちなんちゅう(沖縄の人)にとってやまとんちゅうは敵だ、という深層心理がある人がときどきいる。アブチラガマのなかで日本軍の様子を説明しながら、彼は(ひととおり勉強してきた)私に対して棘のある批判をした。前回の旅でも実はこの「棘」を感じたことがあった。
当たり前だと思う。日本にある米軍基地の7割を狭い沖縄に押しつけ、辺野古の海を埋め立てすることに躊躇せず、あろうことか軍関与の集団自決はなかった、などと教科書を書きあらためて平然としている日本人が大半なのだから。私はうちなんちゅうじゃないけれど、こういうでたらめがまかり通る世の中が「キチガイ」だと思う。
そうだ、軍人に対して蔑んだのは、軍民一体の狭い洞窟基地のなかでも洞内に「茅葺き木造二階建ての小さな慰安所を作り、朝鮮人慰安婦がそこにいました(見取り図1、A地区)。生き残って戦闘からもどってきた兵士らは慰安婦を抱いて、半日過ごしたらまた戦闘に出かけて行きました。少ない慰安婦で、たくさんの兵隊を相手にするのだから可哀想でした」(P31、長浜正盛さんの証言)。数十メートル先に重傷を負った兵が横たわっているところでセックス出来るというのはキチガイではなく「キチナイ」か(嘲笑)。
ガイドさんに慰安所のことを事前に訊ねておいたら、そこにたどり着いた時点で「この辺にありました」と教えてくれた。
……。
私は旅が好きだが、「リアル」「リア充」といった言葉が世に出てくるずっと前から、現実のなかにどっぷり浸かっていると感性が鈍磨する精神だからだ、と看過している。紀ノ国屋の前で食べる高級なソフトクリームより、沖縄の海風を顔面いっぱいに感じながら食べる普通のソフトクリームの方が10倍美味しい、という理由もある。レンタカーであちらこちらを走り回っていたため、「おっぱアイス」や「BLUE SEAL」の看板を見かけるたびにソフトクリームを食べた。これだけで沖縄に恋しそう。
昨夜から裏の池でカエルがいっせいに鳴き始めた。そして今日は春の陽気。また週末に近づくにつれて冬が戻ってくるらしいけど。
風呂の中で夕刊を読んでいると、普段はめったにひっかからないのに、文芸欄の俳句欄に目が止まった。花尻万博(はなじり・かずひろ)という俳人の15句が載っている。いやにいかめしくて四角っぽい漢字を多用する俳人だな、というのが第一印象。和歌山出身の早稲田出、1970年生まれ。顔が犯罪者っぽいのがいい!
最初の一句と最後の一句はこうだ。
仏手柑(ぶしゅかん)に仏手柑触れて娘かな
鼬(いたち)得て温もりゆけり鼬罠
父と娘が仏の手のような蜜柑を手に持ってくっつけあう微笑ましいシーンだ。が、なにかもっと深い感情を詠んでいる気もする。
いたちがかかった罠を主体にして、畢竟、生き物を殺す意味を17文字の俳句で問う、という花尻の才能は秀逸。戦争を題材にした句を除けば、こんなに残酷な五七五は珍しい。
追記
もう桜が咲き始めていた。
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